第4話

 「少しでも楽をしようとした俺が間違いだったよ」


地図取得にかける手間の方が遥かに面倒だと気付いた俺は、【飛行】を使って上空から地理を把握しようとした。


魔界と違って1つ1つの規模は小さいが、意外に集落が多い。


村が沢山ある。


魔界の各都市は、最低でも人口が100万以上はいるが、こちらの世界は20万もいれば多いのかもしれないな。


緑地の割合は、魔界の方が多そうだ。


森や水辺にしか住めない種族がいるからな。


同じ様な理由で、山岳地帯も魔界の方が多い。


ああ、自然多き我が故郷よ。


あれで人間のような女性さえ居れば、移住を思い止まったかもしれないのに。


・・まあ、やる事ないから何れはこちらに来たな。


表立って行動できなかったし。


ん?


戦闘か?


人間同士みたいだな。


高度を下げて、もっとよく観察してみる。


・・どう見ても向こうが悪者だな。


男ばかりだし。


魔界でお忍び(悪い事をする)の際に使っていた仮面を取り出して付ける。


より高度を下げると、戦場での声が聞こえてきた。


「何としてもお嬢様を守れ!

賊を馬車に近付けるな!

遺族には必ず報いる」


ありゃ、かなり劣勢なのね。


「【ファイアウォール】」


馬車と賊との間に、分厚い炎の壁を作る。


「な、何事だ!?」


「【神治】」


負傷したり、動かなくなった味方(?)を癒す。


「・・え、私、生きてるの?」


「嘘、傷が全くない」


地面に降り立った俺は、念のために聴いてみる。


「悪いのはどっち?」


「・・あっち」


聴かれた女性が男達の集団を指差す。


乗りが良い人で良かった。


「ここは俺に任せて先に行け」


「は?」


「良いから早く逃げろ。

はっきり言って邪魔だ」


「は、はい。

ありがとうございます」


その女性は、上司らしい女性の下に走って行き、何かを告げる。


すると、胡散臭そうに俺を見ていたその上司らしき女性が、部下達に指示を出した。


「総員退避!

陣形を整え、お嬢様の馬車をお守りしながら帰還せよ!」


直ぐに馬で走り去っていく彼女達を尻目に、俺は敵(?)と向かい合う。


しきりに矢や魔法を放っていたようだが、燃え盛る俺の魔法の前に、その全てが消失していた。


炎の壁の高さを少し下げる。


「大人しく待っていてくれてありがとう」


「ふざけるな!

一体貴様は何だ!?

その仮面を取って顔を見せろ!」


相手の指揮官らしい中年男が激怒している。


「それはお断りします。

どうして彼女達を襲っていたのですか?」


「戦争にどうしても何故もあるか!

敵だからに決まっているだろう!」


「ここが戦地には見えませんが」


「・・俺達は別動隊だ。

戦場に慰問に来た馬鹿な貴族娘を狙ってたんだよ。

人質に取れば、それだけ有利になるからな」


「話を聴く限り、ここはあなた達にとって敵地ですよね?

早く帰った方が良いのでは?」


「手ぶらで帰れる訳がないだろ?

何で俺が貴様なんぞにぺらぺら事情を喋ったのか分らないのか?

・・この炎が消えるのを待ってるんだよ。

これだけの魔法を持続させるには相当の魔力が必要だろう?

魔力が尽きた時が貴様の最後だ。

逃した奴らの代わりに、せいぜい楽しませてくれよ?」


ニヤニヤ笑う中年男とその部下達。


いやそれ、俺が初めから覚えていた、初級魔法なんだけど。


俺の魔力回復速度(既に自分でも分らないくらい)から察するに、たとえ1万年燃やし続けても消えないと思うぞ?


「今お金持ってます?」


「・・は?」


「現金を所持しておりますか?」


「・・何でそんな事を聴く?」


「銅貨1枚にもならない戦いはしたくないので。

あなた方では別のお楽しみ(【吸能】)にも使えませんし」


「ほう。

俺達に勝てるつもりでいる訳だ」


「いいから教えてくださいよ。

持ってるの?

持ってないの?」


「生憎と、うちの国は今不景気でな。

敵地で略奪しねえと、金貨1枚すら貰えねえんだわ」


「開け我が【魔物図鑑】よ。

この者達を殲滅せよ。

スライム。

ゴブリン」


炎の壁を消し去った大地で、2体の魔物による虐殺が始まる。


「うわ、何だこいつら」


「ギャ―ッ」


「ひっ、来るな」


「何でゴブリンがこんなに強いんだよ!」


「グハッ」


十数名いた敵が、あっという間に死に絶える。


その遺体を1体1体スライムが覆っていき、素早く消化していく。


先に戻って来たゴブリンに、骨付き肉を渡すと親指を立てて図鑑の中に消えて行く。


少し経ってから戻って来たスライムは、俺の前で銀貨と銅貨を計数百枚吐き出した。


「おお、よくやった」


撫でてやると身を震わせて喜び、図鑑の中に消えて行った。


「・・しかし、本当にしけてやがるな」


お金を全てアイテムボックスに吸収すると、俺は再び【飛行】に戻るのだった。


そう言えば、敵も味方も、結局何処の誰なのかは分らなかったな。


聴かなかったし。



 「お嬢様、無事ザクソニア領に入りました。

今暫くのご辛抱でございます」


「分りました。

この辺りで少し休憩を取ります。

皆を休ませなさい」


「はっ」


「それから、私達を助けてくれた者は、一体何という名ですか?」


「分りません。

一切名乗らなかったそうです」


「聴いていないのですか!?

命の恩人なのですよ!?」


「あのような者を、簡単に信用する訳には参りません。

敵側の策略かもしれませんので」


「そんなに怪しい姿だったのですか?」


「はい。

不気味な仮面を被り、異国の衣服を身に付けて、空から降りて参りました」


「空から?」


「はい。

それにあの男が用いた魔法は異常です。

死者まで蘇らせておりました」


「死者まで!?」


「そうです。

明らかに事切れた幾人かの部下達が、彼の魔法で傷1つない身で生き返りました。

何らかの邪法、若しくは呪の恐れもありますので、念のため、帰還したら神殿で診て貰う必要があります」


「・・今の話、皆には口止めしておきなさい。

お父様にもです」


「はっ」


「それから、もし今後その者を見かけたなら、どんな手を使ってでも私の前に連れて来なさい。

お金で済むなら幾ら掛かっても構いません」


「危険なのでは?」


「あの場で危害を加えなかったということは、少なくとも私達の敵ではありません。

その者の目的が何なのか、一体何処の誰なのか、非常に興味があります。

・・良いですね?」


「・・かしこまりました」



 「お、野営地を発見。

敵側(勝手にそう決めている)のかな?」


高度を落として眺めると、俺が助けた相手が纏っていた鎧の色や形とは、明らかに異なる。


だが、いきなり皆殺しにしようとは思わない。


もし性格がまともな美人がいれば、その人を失うのは世界(俺)の損失に繋がるからである。


その人が仮に人妻や何かでも、寿命の無い俺にはその人の娘や孫にまで出会う機会がある。


だから余程の事が無い限り、性格の良い美人は殺したくない。


性格の悪いブ男は、劣性遺伝子を残されないように、問答無用で殺すけど。


【認識不能】を自身に掛けて、野営地に降り立つ。


もう直ぐ陽が傾く時刻なので、皆がそれ用の準備に入っている。


何だ、ちゃんと女性も居るじゃないか。


男ばかりじゃなかったんだな。


幾つかのテントを覗くと、装備を外した女性達が寛いでいる。


性格までは分らんが、それなりにかわいく、死んで欲しくない娘もいる。


う~ん、どうしよう。


やっぱり戦争を止めるか。


国が平和である方が、女性達が美しいからな。


野営地を歩き回り、総司令官のテントを探す。


トップが死ねば、そこで一旦戦いがストップするはず。


序でに糧食を奪ってしまえば、それ以上は戦えないだろう。


大きなテントを覗いていくと、半裸の女性が1人だけで身体を清めている場に出くわした。


戦地で惜しみなく湯を使えること、側に置いてある装備からして、この女性が総司令官っぽい。


弱ったな。


そこまで美しい訳ではないけど、何となくこの人を殺すのは嫌だな。


躊躇いがちに視線をさ迷わせると、テーブルの上に広げられた、大きな地図が目に入る。


側でよく見ると、国境を挟んだ2つの国の、主要都市や大きな村、森林や山岳の位置が表示されていた。


音も立てずに、地図をアイテムボックスに放り込む。


その後直ぐに糧食の保管場所に行き、1日分相当以外のものを全て盗んだ。


係の者が、糧食がいきなり消えたことに気が付いて、大騒ぎし出した。


俺はさっさと【飛行】で上空に舞い、頂いた地図を広げてこいつらの王都を調べる。


それから約1時間後、俺は敵の本拠地、王都ウルスの王宮内、その宝物庫にいた。



 「結構貯め込んでるじゃん。

これだけあれば、別にもう要らないだろうに。

何で戦争してまで余計に欲しがるのかね」


広い宝物庫は、幾つもの麻袋にぎゅうぎゅうに詰め込まれた金貨や、箱に入った白金貨、同じく小箱に入れられた宝石類、台の上に並べられた宝剣や装飾品、装備品で溢れていた。


宝石や装飾品は、売れば必ず足が付く。


装備品も、見たところ財産的な価値以外には、大した効果が付与されていない。


これくらいの効果なら、魔界なら質屋ですら手に入る。


少し考えて、箱に入った1000枚の白金貨全部と、数千枚の金貨が詰め込まれた麻袋20個の内、15個を頂戴する。


全部取ってしまうと、国民に無理な重税をかけるかもしれないからな。


それでは民に余裕がなくなり、女性が美しさを保てなくなる。


そして空いている壁に、魔法を使って暫く消えない文字を書いた。


『とっとと戦争を止めないと、ここに有る物全部を持って行くぞ』


今日はもう1か所、行かねばならない場所があるから、ここはこれで引き上げた。



 次に訪れた場所は、俺が最初に居た国の、王都ラウダの王宮内の宝物庫。


向こうよりは少ないが、ここもそれなりに貯め込んでいる。


ここでは白金貨全部、約800枚と、金貨が詰め込まれた麻袋14個の内、10個を頂いた。


どちらが戦争の原因を作ったのかは分らないから、喧嘩両成敗の原則を適用させて貰った。


この世界に来て早々、牢に入れられそうになった慰謝料も兼ねている。


ウルスと同じ文字を壁に残して、静かに城から出る。


両国からかなりの額をせしめたが、いつまでも戦争を続けて、沢山の命が無駄に失われるよりは、ずっと増しだろう。


国内がきな臭いと、女性が安心して青春を謳歌できない。


その美しさが陰ってしまう。


ここまでして戦争を止めなければ、続行を決めた国王を暗殺することに決めて、街中に転移した。

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