第3話

 「小汚い所だな。

臭いもまるで家畜部屋じゃないか。

魔界のダンジョンの方がよほど奇麗だぞ?」


依頼書に示された場所に来た俺は、思わず顔をしかめる。


入り口で座っていた男の前に転移して、まだ小さかった頃、チャンバラごっこの真似事に用いた木の枝で頭を叩く。


友達なんていなかったから、1人で枝を振り回して遊んでいた俺。


いかん、嫌な事まで思い出してしまった。


脳震盪を起こして倒れた男の見張りを魔物に頼む。


「開け我が【魔物図鑑】よ。

この者を見張れ。

我が最初の従者、スライム!」


輝きを放つ【魔物図鑑】から1体の金色に輝くスライムが現れ、気を失っている男の側で待機する。


洞窟に入って行った俺は、聞こえてくる嬌声にうんざりする。


奥の広い場所に出ると、案の定、盗賊達が仲間同士でまぐわっていた。


『小人閑居にして不善を成す』


昼間からよくやるよ。


「お取込み中悪いんだけどさ、さっさと終わらせてくれないかな?

目が穢れるし、鼻が曲がりそうなんだけど」


「何だてめえ!

どっから入った?」


頭目らしい太った男が、伸し掛かっていた女から退き、俺を睨んでくる。


「馬鹿なのか?

入り口は1つしかないじゃん。

待ってやるからパンツくらい穿けよ。

自慢するほどデカくないぞ」


「金持ちみたいだから売ろうと思ったが・・殺す」


他の2組の男女も、慌てて服を着て武器を取りに行く。


「準備はできたか?

じゃあこの縄を首に縛り付けろ。

ギルドまで運んでやる」


捕縛用の縄を放り投げる。


「馬鹿はお前だ。

お前がここで死ぬんだよ!」


いきなり斧で襲って来る。


他の者達も、俺を囲んで切りつけてきた。


「情けをかけるのは1度きりだ」


「へ?」


斧や剣が俺の身体に当たっても、何も起きない。


服さえ破れない。


驚いた顔をする男達の首を、順に手刀でねていく。


それを見た女達が腰を抜かし、武器を捨てて命乞いを始めた。


「た、助けて。

身体は好きにしていいから」


「何でもするよ。

あんたの奴隷にだってなる」


「あたいはかなり上手だよ?

必ず満足させるからさ」


「・・残念だが、お前達は俺が抱いてやるようなレベルからは程遠い。

それに、豚どもが使っていた穴になんか興味ないな」


「ひっ」


「お願い、殺さないで」


「・・特別にもう1度だけ言ってやる。

死にたくなければ、そこの縄でお互いの首を結べ。

それから、金目の物があったら全て出せ」


女達が素早く言い付けを守る中、入り口に居た男を引きってきて、彼女らと一緒に縛り付ける。


それに付いて来たスライムが、俺の言葉を待っている。


「食べて良いぞ。

あまり美味くはないだろうが」


それを聴き、嬉しそうに死体を吸収し始めるスライム。


そのレベルは、991。


成長する俺の能力は、その固有能力である【魔物図鑑】にまで及び、そこに収められている魔物や亜神、魔王にすら影響を及ぼす。


予め定められていたレベルや限界値を突破し、どんどん強くなりながら、自身の見た目さえ変化させるのだ。


「後始末も済んだし、臭いからさっさと帰るか。

しかし、貯め込んでいたお宝が金貨10枚もないとは、しけた盗賊だ。

こんな武器じゃ幾らにもならんだろうし」


盗賊達が繋がれた縄の端を握り、町の入り口付近に転移する。


「余計なことを喋ったら、牢まで殺しに行くからな」


転移に驚いている者達にそう警告し、まるで牛飼いの如く、正門からギルドまで、盗賊達を引っ張って行く。


「え、もう終わったんですか!?」


入り口から少し進んだ所で、先程の受付嬢が俺に気付いてくれた。


「依頼は完了しました。

報酬をお願いします。

因みに、こいつらは盗賊の生き残りですから、ギルドで引き取ってください」


近寄って来た係員に、縄の先端を向ける。


受付嬢から約束の報酬を貰うと、そこから金貨1枚を彼女に返却する。


「お借りした分のお金と、その利息です」


「さすがにこんなに受け取れないわ。

私が貸したのは銀貨1枚だもの」


「この国のお金の価値を教えてくれませんか?」


「知らないの!?」


「他国から流れて来たもので・・」


「ああ、それで・・。

1番小さな単位が銅貨1枚。

それが50枚で大銅貨、100枚で銀貨、5000枚で大銀貨、1万枚で金貨よ。

分る?」


「はい。

金貨の上はないんですか?」


「大金貨と白金貨があるわ。

法則性は同じね」


「では俺はあなたに、お借りした100倍のお支払いをした訳ですね。

それで問題ありません」


「本当に良いの?」


「ええ。

あなたが貸してくれなければ、残りの報酬も得られなかった訳ですから」


「やっぱり何処かの貴族なの?」


「どうしてですか?」


「平民の気前の良さじゃないもの。

金貨1枚で、大体2か月以上は暮らせるわよ?」


「おい、女なんか口説いてないで、さっさと空けろ!

急いでんだよ!」


「なら空いている別の窓口に並べ。

その程度の知能もないのか?」


振り向きざま、言いがかりをつけてきたおっさんに、言葉と共に殺気を放つ。


またしても股間を押さえて何処かに消えて行った。


汚いなあ。


「・・柄が悪くて済みません。

いつもはそんな事ないんですけど」


「普段誰かに顎で使われている低能ほど、立場や力が弱そうな者を見つけると、直ぐに憂さ晴らしに使いたがるものです。

あなたが謝る必要はありません。

では失礼します」


ギルドを出て、流行っていそうな酒場に足を踏み入れる。


「いらっしゃい。

見ない顔だね。

1人かい?」


女将が威勢の良い声をかけてくる。


まだ明るいので、客はまばらにしか居ない。


「1人です。

お勧めの飲み物と料理をお願いします」


カウンターにある椅子に座り、彼女にそう注文した後、それとなく店内を見回す。


「お待たせ。

全部で銅貨20枚だよ。

・・誰か探しているのかい?」


酒と料理を運んできた女将が、そう尋ねてくる。


俺は盗賊からくすねた銀貨1枚をテーブルに載せる。


「お釣りは要りません。

この町で地図を売っている店はありますか?

若しくはそれを持っている人がいれば教えてください」


「地図?

この国全てのかい?」


銀貨を受け取った女将が、考える素振りを見せる。


「ええ。

できるだけ広い範囲の、村名や町名が記された物が見たいのです」


「そこまでいくと、騎士団かご領主様しか持っていないだろうね。

地図は軍事機密でもあるから、詳しい物はそうそう売られてはいないんだよ」


「なるほど」


「どうして地図が見たいんだい?

商人には見えないけど」


「この国に初めて足を踏み入れたので、何処にどんな場所があるのか、さっぱり分らないので・・」


「ふーん」


女将の目が光ったような気がした。


疑われてるな、多分。


「何ならあたしの方から騎士団に問い合わせてあげようか?

これでも少しは顔が利くから、もしかしたら見せてくれるかもしれないよ?」


「お願いできますか?」


地図が見れる可能性があるなら、ここは敢えて誘いに乗るのも悪くはない。


料理を全て食べ終わる頃、案内という名目で、俺はやって来た騎士達に、その詰め所へと連行された。



 「・・先程は盗賊達を捕縛してくれてありがとう。

1人で捕まえに行くなんて、余程腕に自信があるのだな」


既にギルドからの報告が上がっているらしい。


まだ若いが、どうやら彼がここの責任者みたいだ。


「地図を見せてくれるというから、俺はわざわざここに出向いたのですが、違うのですか?」


「いや、こちらの質問に答えてくれれば、ちゃんと見せてあげるよ?」


「何が聴きたいんです?」


「君は何処から来たんだい?」


「酒場からです」


「・・身分証を持っていなかったそうだね。

何故だい?」


「お金と一緒に誰かに盗まれたんです。

だからギルドの登録料すら払えなかった」


「この国に来た理由は何だい?

どうして詳しい地図が見たいのかな?

旅行者なら、事前に情報くらい集めているものだろう?」


「逆にこちらがお尋ねしたいのですが、どうして地図くらいでそんなに騒ぐんですか?

何処かと戦争でもしてるんですか?」


「もしかして知らないのかい?」


「何をです?」


「この国は今、戦争の真っ最中なんだよ」


「・・そうですか。

それは知りませんでした。

町にも緊張感がなかったので」


「前線はまだずっと先だからね。

だが今の言葉で、益々君を帰せなくなってしまった。

国境の検問所を通れば、戦争の噂は嫌でも耳にするはずだからね。

申し訳ないけど、正直に話してくれないなら、2、3日牢に入って、取り調べを受けて貰う羽目になるよ?」


もう良いや。


【魅了】を使おう。


男の目をじっと見つめる。


「ここに地図はありますか?」


「いいえ、ございません。

詳しい地図は、前線の総司令官か、男爵以上の貴族にしか与えられてはおりません。

ここにあるのは、この町の周辺地域のものだけです」


こいつがもし少しでも嫌な奴だったら、この場で殴ってる。


「では用がないので、俺はこれで帰ります。

入り口まで案内してください」


「分りました」


とんだ無駄足だったな。

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