第6話:10億円

 同時接続人数は、最終的に20億人を超えた。

「方舟」の発見から11日後、全世界に配信されたその会見動画の視聴者は、人類が初めて出会った地球外知的生命体は、我々の理解を遥かに超越するオーバーロードではなかったという事実に安堵すると同時に、言葉にし難い、かすかな落胆とも言えるような、複雑な感情を抱いた。

 会見の内容を整理しよう。

 まず、光速に近い速度での航行を可能にするような機関はこの船に備わっていなかった。人類が惑星の重力に頼って人工物をぶっ放すスイングバイというアイディアによって達成した最高速度は、たかだか光速の0.06%程度だったが、さらに素朴な計器しか備えていないこの「方舟」は、燃料の爆発力と慣性で直進するだけで、理論的には我々の記録の1割程度しか出せないだろうと推定された。燃料容器に半分ほど残っている液体は人類にとって未知のものであり、どれだけの推進力を得られるかは燃やしてみないと分からないが、機体の強度から考えても、この推測はほぼ正しいようだ。

 また、これほどの低速で別の星系から地球までやってくるには、安全に新陳代謝の停止と再開を行う「冬眠」が必須になるが、彼らがクマムシのような極めて単純な生物学的構造であるために、船内で見つかった家庭用の冷凍庫程度の什器で事足りていたようで、残念ながら先進的なコールドスリープ技術などは見当たらなかった。他にもいくつかの「残念なお知らせ」が告げられたが、簡単に言えば、人類がこの船から新しく得られる自然科学的な知見は何一つ無かった。

 続いて、人々が最も知りたがっていた乗組員の素性が明かされた。”マカロニ”はチューブ状の生物で、体長は約3.5m、直径は約70cm。全身がほぼ筋繊維で構成されており、生命維持のために大量のタンパク質を摂取する必要があると推定された。筋肉の密度は非常に高く、重量は約4t。生身の戦闘力だけで言えばアフリカゾウに匹敵する。空洞部分は粘膜で覆われており、筒の穴へと吸い込んだ生物を筋肉の伸縮で粉砕しながら栄養素を取り組む構造になっているようであった。その粘膜からはとてつもない悪臭が放たれていることも伝えられた。チューブの先端には12個の眼球がぐるっと規則的に並び、それぞれの目と目の間からは80cm程度の細長い触手が1本ずつ、計12本生えていた。その触手が脳の機能を兼ねており、どの程度の知力があるのか、手先はどれくらい器用なのかは想像するしかないが、少なくともその見た目からは、惑星間移動のための内燃機関を設計できるような知性は感じられなかった。

 次に、意外な事実が報告された。彼らはどうやら大昔に一度地球を訪れているようなのだ。船内には、完全に水分を失ってミイラ化した哺乳類が数種類保管されていたのだが、U–Th年代測定と遺伝子系統の解析により、それらのうちの一つが16万年前の地球に生息していた大型の鼠であることが分かった。

 これらのことから推察すると、彼らは地球が後期更新世期に入ろうとしている約16万年前、現生人類がアフリカから北米大陸に到達する直前の地球に辿り着き、タンパク質の豊富な可食性生物資源の存在を確認した後、約5光年離れた故郷へ舞い戻ってミイラ化した食品サンプルでもって喧伝し、移住希望者を連れて約8万年の道のりを再びやってきた、ということになるのだろう。この星の生物を食い尽くすために。

 しかし、彼らが船内で眠りこけていたこの数万年の間に、地球の生態系ヒエラルキーは一変していた。現在この星の暫定トップに君臨する知的生命体が、大人しく宇宙人の餌になる訳にはいかない。会見の最後に、膂力りょりょくの不足を知力で補うことによって、侵略者を速やかに排除することが宣言された。具体的には、軍による徹底的な殲滅作戦を遂行しながら、民間人が駆除した場合には体長1cm当たり1万ドルの懸賞金が支払われることになった。残り4体のうち、最も太い「轍」を残した個体を仕留めた場合、約700万ドル(10億円)になるということが、会見動画のテロップで強調されていた。

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