第4話:重すぎる

 ハッシュタグ「#ARK」(方舟)を付されたおびただしい数の写真・動画投稿が、瞬く間にあらゆるSNSプラットフォームを埋め尽くしたのは、ベーカー家の事件発生とほぼ時を同じくしていた。もし物好きな人間が戯れに方舟を造るなら、こんな砂漠ではなく海辺でやるはずだと言うごもっともな意見のお陰で、フェイク・ニュースとの疑念が晴れるまでにそれほど時間はかからなかった。

 地球外知的生命体そのものはまだ発見されていないが、その存在の証左として「方舟」は絶対的な説得力を有していた。SNSに投稿された画像の幾つかで、幅数mの轍が5本、「方舟」からあちこちに向かって走っているのがはっきりと捉えられており、宇宙人の足跡として話題を呼んだ。

 ヘンダーソン警察は、ベーカー家の主人が殺害された事件の犯人を「方舟」の乗組員と推定した、過去に例を見ないSFじみた報告を恐る恐る連邦捜査局FBIに上げたが、そのまま受理され、あっさりと捜査主体が移された。すぐさま、国家航空宇宙局NASA公衆衛生局PHSなどとの組織横断的な大規模捜査チームが立ち上げられ、「方舟」から半径5kmは立入禁止区域となり、民間人が近づくことはできなくなった。「方舟」そのものは軍によってその周囲を保護された上で、医学、生物学、考古学、言語学、発達科学、宇宙工学などの専門家が大量投入され、未知の地球外知的生命体がどの程度クレバーなのかを測っていた。

 地球に到着したのは5体で、自治体警察の報告では、単体での応戦能力はそこまで高くなさそうではある。馬程度の移動速度であったという目撃談が正しければ、手に負えないほど広範に散らばってしまっているとも考えにくい。

 しかし、恒星間航行を可能にする技術を持っている人食い生物が相手である以上、最大限の警戒が必要だろう。万一、人類の存続を脅かすような最悪の結論が出た時に備え、各国は事前に新たな協定を結び、異星人を撃退するための無制限の軍事的協力体制の構築が、社会主義国家と西側諸国の隔てなく約束された。

 そんな中、一体の未確認生物が「方舟」から南に6kmのほどの位置で発見、捕獲されたとの報告が捜査チームに入った。なお、この手柄は警察や軍ではなく、ハンティングを趣味とする一般人の手によるものであった。いつものように猟犬を伴って獲物を探し回っていたそのアマチュアハンターは、突然風上から流れてくる強烈な異臭に気付いて振り返ると、数m向こうから奇妙な棒状の物体が近付いてきていたため、慌てて引鉄を引いたところ、相手は後方へ大きく弾け飛び、そのまま動かなくなった、とのことであった。

 通報を受けた地元警察はすぐさまその棒状の物体を回収し、その異常な重量に難儀しながらも何とか捜査チームに引き渡した。医学班が生命活動の停止を念入りに確認したあと、人類が初めて捕獲した地球外知的生命体には、その形状から"マカロニ"という名前が与えられた。

 体長は3,577mm。「方舟」から伸びている轍の内の1つと、その幅は完全に一致していた。

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