第2話:手に負えない

 がっしりとした体型の熟年女性とその息子二人。長男には妻と娘が一人いるが、弟の方は独り身だ。長男の娘カミラを除き、ベーカー家はその全員が放心状態にあった。地元警察の聞き取りを受けているカミラは、今日8歳になったばかりだ。

 建家から少し離れたところに、服装や体型から、これまた熟年と思しき男性の体が大の字に横たわっている。鎖骨辺りから上が欠損しているため、本当に熟年なのか、本当に男性なのかは、見ただけではわからない。

 米国ネバダ州ヘンダーソンの外れにある、少し寂れた住宅街。半年ぶりに我が家を訪れる孫娘カミラの誕生日を祝うため、ディナーの食材を求めて街に繰り出したベーカー家の主とその妻が戻ってきたのが、今からおよそ一時間前。車から先に降りた妻が両手に大きな荷物を下げ、右肩で自宅の呼鈴を押そうとしたとき、後ろから夫の「あっ」という声が聞こえた。

 夫の眼前には、彼の身長の倍近い柱のようなものが生えていた。それが南京錠のツルみたいに折れ曲がり、先端が夫の頭頂部に触れたかと思うと、そのままゆっくりと額、耳、口、喉、の順番で包み込んでいき、肩までが柱の内部に取り込まれたところで、夫の身体が激しく痙攣した。明らかに生命が絶たれたと分かる生体反応であった。

 少し間を開け、妻はこれまでの人生で最も大きな叫び声を上げたが、自分の耳へ届く前に気を失っていた。

 この描写も、祖父母の帰りを窓際で心待ちにしていたカミラの、興奮気味の供述をできるだけ噛み砕いて整理したものだ。どこまで正しいのかは定かではない。

 護身用、と言うには少し大振りな猟銃を手にしたベーカー家の次男は、警察が到着するまでの約一時間、生家の周囲を見回しながら、全神経をあの柱の再襲来に備えて尖らせていた。彼は、父の遺体を目にした現場責任者の警官クリスが、慌てて招集した応援部隊が次々に到着するのを確認し、ようやく呼吸を整えながら、ぽつりぽつりと話し始めた。

「おふくろの叫び声を聞いて窓を見たんだ。バカでかい街灯みたいなのが、立ったまま、親父を吸い込んでた。すぐこいつを持って外に出て何発か打ったけど、多分一つも当たってない。その後やつはすぐに親父を吐き出して、びんっ、と体を伸ばして、倒れたと思ったら、丸太を転がすみたいに逃げていった。あっちの方に。馬くらいか、それよりもう少し遅かった」

 次男が指差す方を見ると、確かに足跡、というか「わだち」が残されている。幅は4m弱、深さはおよそ10cm。乾ききった砂地でこれだけの溝を刻むには、相応の重量が求められるだろう。

「あと、臭いがもの凄かった。最初、自分の鼻が腐ったのかと思ったよ」

 新種の害獣、世紀の大発見か、と少なからず興奮しながら周辺の哨戒と「轍」の終着点を確認するよう指示したクリスは、その約一時間半後、ほぼ同時に2つの報告を受ける。

 まず、「轍」がここから西方に数km行ったところで突然途絶えているということ。もう一つは、ここから南南西へ同じく数kmの位置に、10階建てのビルを横に倒したくらいの大きさの建造物が打ち捨てられている、ということであった。

 その外観を問うと、「あー、方舟はこぶね?っすね。どう見ても。何人か集まってますよ、周りに」との返答で、すぐに写真を撮って送るように指示したあと、その周辺に幅3,4m前後の轍が残ってないかを重ねて問うた。「ありますあります、んー、でも太さはバラバラっすね、2mのとか、7mくらいのとか。数?轍の?えー、5本っすね、5本。写真、今送りました」との報告を聞き終わる前に手元の端末に目を落としたクリスは、この案件が自治体警察の処理能力には収まりきらない、と言うより、地球が今も刻み続ける46億年の歴史が次の章に入りかけていることを悟った。

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