第43話 正体がバレて





 ハルというのは、弟の名前として言ったのではないはずだ。

 俺がチームにいた頃に使っていた、その名前として呼んだのだろう。


 そう。ハルは、俺のチームでの名前だった。弟からもじってもいるし、自分の名前からもじってもいた。

 弟の名前は、春樹はるき

 そして俺の名前は、晴臣はるおみだ。


 頑なに名前を教えなかったのは、それが理由でもある。弟の名前なら疑われなくても、俺の名前にもハルがつくと関連性を疑われるかもしれない。そう考えて、教えずにここまで来た。


 しかしその小細工も、意味をなさなかったようだ。

 完全に正体がバレてしまっている。ハルという名前が出たことで、周囲はにわかに騒がしくなった。


「……ハルって」


「ハルさんのことか?」


「でも、あいつが? 言われてみれば、確かに似ているような」


 好き勝手に近くの人と話し、そして俺の正体を確信し始めている。

 どこでバレたんだ。俺はまだ帰れそうにないと、とりあえずみんなが見えるように向きを変える。


「……ハル?」


「とぼけるな。さっきの戦い方、どこからどう見てもハルさんと同じだった。あんな綺麗に戦うのは、ハルさん以外にいない」


 戦い方でバレるなんて、どれだけ俺が好きなのか。呆れを通り越して、思わず笑ってしまった。


「どうして、ここに来たんですか。俺達を捨てたくせに……どうして、どうして助けたんですか?」


「それは……」


 みんなを傷つけたくなかったから、何も考えずに来た。そう言っても、信じてもらえないかもしれない。

 太一の言う通り、俺はチームのみんなを捨てた。勝手に抜けて、そのまま放置していた。責められても仕方がない。

 俺が何も答えずにいると、太一が叫ぶ。


「ふざけんなよっ!」


「……悪かった」


「謝るなっ!!」


 これは許してもらえない。それだけのことをした。何を言っても怒らせるだけだと、俺は力なく笑う。


「あーっと、無事で良かった。……騙した形になったのは、本当に悪かったと思う。もう、姿を現さないから安心してくれ」


 感謝されると、どこかで思っていたのかもしれない。みんなを先に裏切ったくせに。自業自得の結果なのに。

 涙を見せたくなくて、この場から立ち去るために背を向けた。言葉通り、もうみんなに顔を合わせるつもりはなかった。二度と。家を知られていたとしても、そこから逃げることはたやすい。また、逃げるつもりだった。


「それじゃあ、元気でな」


 これで終わりかと思うと、もっとたくさんの言葉をかけたかった。しかし、俺の言葉など聞きたくもないだろう。

 気持ちを落ち着かせるために深呼吸をして、そして歩き出す。

 しかし、後ろから誰かがぶつかってきた。その衝撃で前に吹っ飛びかける。なんとか足で踏ん張ったが、転ぶかと思ってヒヤッとした。

 誰だ。こんなことをしたのは。犯人は、背中に抱きつき俺の腹の辺りに腕を回していた。その手が震えている。


「どこ……行くんですか。もう、ハルさんがいない世界は耐えきれないんです」


 涙まじりの声。俺がどこにも行かないように、離さないという気迫があった。

 怒っているけど、俺がいなくなるのは嫌みたいだ。あんなことをしたのに、まだ慕ってくれている。


「ごめんな。もう、どこにも行かないから」


 俺は振り返って、太一を正面から抱きしめる。おえつを零して泣く太一は、意味のある言葉を話せなくなっている。相手が大号泣しているせいで、俺の涙はどこかに引っ込んだ。

 そんな俺達を取り囲むように、ゆっくりとみんなが集まってくる。


「……本当にハルなんだな?」


「はい。驚きましたか?」


「もう敬語は止めろ」


「分かったよ」


 敬語で話せば蓮司が顔をしかめた。俺の正体が分かった今、敬語で話すと違和感があるらしい。素直に止める。


「全然気づかなかった。不覚なんだけど」


「絶対に気づかれないように必死だったからな」


「それでも、気づけなかった自分がムカつく」


 玲奈が頬を膨らませて、不満を訴えてくる。情報を専門にしているのに、俺に気づけなかったことが不満らしい。俺としては、気づかれなくて良かったと思っている。


「……ハル、会いたかった……」


「前にも会っただろ。それに連絡もとっていた」


「……そうだった」


 リュウははにかんで、純粋に喜んでいた。一番害のない反応だ。もしかしたら、一番性格がいいのかもしれない。ただ口下手なだけで。


「ハル」


「……ロウ」


 名前を呼ばれた途端、思わず体がはねてしまった。好意を自覚してから、初めて顔を合わせる。反応してしまったぐらい、まだ気持ちは変わっていない。

 ロウは、すでに俺の正体を知っていたから、当然の事ながら驚いている様子はなかった。嬉しそうに近づいてくる。

 俺だけが緊張している。近づくにつれて、体も硬直してしまった。抱きしめている太一は、きっと気づいている。

 こちらの気持ちを知らないロウは、俺の頬に手を当てて微笑んだ。その体温に、安心する自分が悔しかった。


「おかえり」


 穏やかな声。俺が帰ってくるのを待ち望んでいる。反対する人がいるかと思っていたが、そんな声が聞こえてくることは無かった。

 帰ってもいいのだろうか。俺は迷った。


「……た、だいま」


 それでもみんなが望んでくれるのなら、俺はここに帰ってきたい。

 自信のなさを表す、小さな声だった。しかし届いたようで、その瞬間みんなが勢いよく抱きついてきた。





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