第38話 うまれる疑惑





 ロウと連絡先を交換し、何とか丸くおさまった。と思いたい。

 弟が受け入れられるかどうかは別として、知り合うことが出来たのは、大きな一歩だろう。これで、リュウ以外は弟のことを知ったわけだ。

 いつか、リュウにも紹介する日が来るのだろうか。このままだと、チームにいたメンバー全員と再び関わることになるのではないか。あながち冗談では済まなそうで、全く笑えなかった。


 それよりも気がかりなのは、蓮司だ。ロウと会った日から、どこか上の空というか何かをずっと考えている。それが何かを教えてはくれない。むしろ、俺に隠している気がした。

 こちらも隠し事をしている身だから、責めるわけにもいかない。とりあえず様子を見ることにした。

 それが吉と出るか凶と出るか、弟に危害が加わらなければ、どちらでも構わなかった。



『元気か? 怪我はしていないか?』


『昨日も連絡しただろ。そんな短期間に怪我なんてしないよ。心配しすぎ』


『怪我をしても隠すから。確認しないと安心できない』


『親か。もし怪我をしたら、正直に言うって約束する』


『親じゃない。絶対な』


 会えなかった時間を取り戻すかのように、俺とロウは密に連絡をしている。とはいっても、メッセージのやり取りだが。

 前からそうだったが、ロウはかなり心配性になった。俺が怪我をしていないか、無理していないか、それこそ親よりも心配してくる。

 他の人だったら干渉のし過ぎだと、連絡をとるのを止めるだろう。しかし、ロウだから許している。毎日似たようなやり取りでも、連絡をとっていることが楽しかった。


「にぃ、たのしそう」


「そうか?」


 スマホを見て、自然と顔を緩ませていたらしい。弟が俺を見て、どこか嫌そうな顔をしていた。ロウと連絡をしているのは知らないはずなのに、まるで分かっているみたいだった。悪いことをしているわけではないのに、どこか気まずく感じながらスマホを置く。


「すまほばっかりみてる。ぼくよりだいじ?」


「はるより大事なものなんてないよ」


「ほんと?」


「当たり前に決まっている。はるが一番。それが変わることはないから」


「じゃあ、いいよ!」


 弟の許可が必要なことでは無いが、それでも許してもらえたようで良かった。俺は胸を撫で下ろすと、弟を膝の上にのせる。


「にぃ。すきなひといる?」


「好きな人? はるだな」


「ぼくいがいは?」


「はる以外? そうだなあ」


 好きという言葉には、色々な種類がある。弟が聞いている好きは、さてどの種類なのだろうか。それによって、返答も変わってくる。

 答えに迷っていると、弟が頬を膨らませる。


「いくおにいさんは?」


 名指しか。そしてロウか。困る人選はわざとなのだろうか。俺としては、何をそんなに敏感に反応しているのだろうと思うが、弟にとっては重要なのだ。真剣に答えなくては。


「んー。前にも言ったけど、大事な人だよ。好きかどうかと聞かれると、好きだけど……うーん」


 真剣に答えれば答えるほど、言葉が出てこなくなる。そのまま言葉に詰まっていれば、頬を膨らませた弟が怒りを表現するために拳をあげた。


「もういいよ!」


「い、いいのか?」


「いいの!」


 自分から質問をしてきたのに、もういいらしい。俺は何も言わずに、弟の体を抱きしめた。


「はる。嫌なことは嫌って言っていいよ。はるの嫌がることはしたくない」


 うーうーとうなった弟は、俺の首元にすり寄った。


「ちがうの。ちがう。いやだけど、いやじゃなくて。ぼく、わるいこなのかもしれない」


「はるが悪い子? そんなことないよ。どうして、そう思った?」


「ぼく、にぃをだれにもとられたくないから。いくおにいさんとなかよくしてもらいたくない。いやなの」


「嫌なのか。他の人はいいのに?」


「いくおにいさんはいやだ」


「どうして?」


 最初からロウを嫌がる理由、それが分からない。その理由を、弟はこれから教えてくれそうだった。

 口を動かした弟は、俺を強く抱きしめる。


「いくおにいさんが、にぃをとっちゃうきがして」


「そんなの」


 ありえない、と口に出来なかった。何故だろう。弟だけが特別な存在だったのに。その枠の隅に、ロウが入り込もうとしているのだけは確かだ。


「大丈夫。はるが大好きで、一番なことだけは変わらないから」


「それじゃあ……いいよ」


 弟は体の力を抜いて、そして俺に全体重を預けた。全然軽いから負担は無いが、その存在はとても大事だった。大事で、重みがあった。絶対に守らなくてはいけない。そんな気持ちを感じさせた。


 弟を抱きしめながら、俺はロウのことを考えた。もしかして、ロウが好きなのだろうか。好きだとしたら、それは恋愛的な意味なのだろうか。

 この前久しぶりに会ったのに、どうしてこんな感情が湧き出たのだろう。もしかして、前から俺はロウのことが好きだったのだろうか。相棒以上の気持ちなんてなかったはずなのに。


 気持ちを自覚した俺は、すぐに怖くなった。この気持ちを、誰にもバレるわけにはいかない。特にロウには。

 俺はその恐怖を押し込めるために、弟の存在に救いを求めた。





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