第37話 弟の反抗期?
「は、はる。何言ってるんだ」
まさかの好きじゃない発言に、俺は慌ててはるの元に駆け寄る。そんなことを言うとは、しかも面と向かって。とにかく近づいてみたが、どうすればいいか分からず立ち尽くす。
声をかけてみたけど、自覚するぐらいに弱々しい声になった。
言われた本人はというと、弟を見たまま固まっている。突然のことに、まだ理解が追いついていないのだろう。
蓮司すらも固まっている。俺と同じで、攻撃的な弟の様子に驚いていた。
言葉だけで三人の動きを封じ込めた弟は、さらに続ける。
「にぃにちかづかないで!」
ロウを敵認定していた。俺に近づくなと言い、そして立ち塞がるように動いた。会って数分もしていないのに、どうしてここまで怖がられているのか。
俺の知らない間に会ったのか。そしてロウが何かしたのか。疑いの眼差しを向ければ、勢いよく首を左右に振る。知らないし、心当たりは無いらしい。
それならどうして。理由もなく、嫌がる子ではなかったはずなのに。初めての人見知りか。それはそれで成長の証かと、俺は考える余裕が出てきた。
「えーっと、はるくん。どうして近づいちゃ駄目なんだ?」
未だ衝撃を受けているロウに代わり、先に回復した蓮司が問う。みんなが気になっていることだ。弟の答えを聞き漏らしはしないと、耳に全神経を集中させる。
人に負の関係を向けることがないから、弟自身も戸惑っていた。眉を下げ、うつむき、服の裾をしわになるぐらい握りしめる。
「だって、だって」
理由は言いたくないらしい。だってとしか言わず、後は口を閉ざしてしまった。無理に聞き出すのも可哀想で、俺達は顔を見合わせる。
俺が何とかするしかない。今にも泣きそうな弟を抱っこする。理由を教えてくれないのなら、仕方がない。
しかしこのままだと、ロウが立ち直れなくなりそうだ。子供に嫌われるのはダメージが大きい。たとえそれが、俺がチームを抜けた原因だったとしてもだ。
抵抗することもなく抱き上げられた弟は、顔を見せたくないようで、肩にぐりぐりと押し付けてくる。その姿も可愛いが、噛みしめている場合では無い。
「はる。そのままでいいから、話を聞いてくれ」
ぽんぽんと軽く背中を叩きつつ、優しく話しかける。
「どうしてか言わなくてもいい。でも、急に嫌いって言うのは良くないな。それは分かるか?」
頷く気配。よしよし。ここで否定されたら、話を終わらせるしか無かった。
「はるも、急に嫌いだって言われたら悲しいだろう? 近づかないでって言われたら、はるだって泣いちゃうぐらい辛くなるよな。それを人に言うのは良くない。分かった?」
また頷くけど、それでも何かを言いはしない。認めても、謝りたくはないみたいだ。さて、どうしたものか。
「まあ、合わない人がいるのは仕方ない。俺だって合わない人はいる。仲良くしてと無理には言わないから、いいところを探してくれないか?」
嫌いと決めつけてしまえば、もうどんなことでも負の感情で見てしまう。そうなれば、どんどん駄目な方向に進んでいくだけだ。
「挽回のチャンスを与えてほしい。嫌なら断ってもいいけど、少し悲しいな」
こう言えば、弟が断ることはないと確信していた。ずるいが、ここで終わらせるわけにはいかなかった。
弟の答えを待っていると、ようやく声が聞こえてきた。
「……いいところ、みてみる。にぃ、かなしくない?」
「うん。やってくれるか?」
「にぃがいうなら、がんばる」
無理はさせたくないと考えていたのに、無理を強いてしまった。それでも、弟の言葉に嬉しくなる。
「にぃ、おりていい?」
「いいよ」
抱っこから下ろすと、弟はとぼとぼとロウのところに歩いた。先ほどのこともあり、緊張で固まっているロウを見上げる。
「ごめんなさい」
謝って、さらには頭も下げた。反省している姿に、すぐにロウが動いた。
「全然気にしていない。俺は、ろ……
ぎこちなくはあるが、弟に目線を合わせるために膝をついた。もしかしたら、子供と触れ合う機会があるのかもしれない。
「いくおにいさんってよんでいい?」
「ああ。好きに呼んでくれ。君のことは、なんて呼べばいい?」
「ぼく、はるっていうの」
「はるか。とてもいい名前だ。それじゃあ、はるってこれから呼ぶよ」
「うん。よろしくね」
ポツポツと話をしている様子は、とりあえず心配なさそうだった。弟もそうだが、ロウが大人な対応をしているのに驚いた。
俺の弟だから、仲良くしようと努力してくれている。チームにいた頃からすれば考えられない。俺の知らない間に、ロウにも変化があったようだ。
ロウが弟と仲良くしようとしているのが、とても嬉しく感じるのは、元相棒だからか。自分でも説明できない感情があって、それは全く嫌なものではなかった。
不思議な感情に戸惑いながらも、俺は二人の様子を見守った。そんな俺のことを、じっと蓮司が見ている気がした。しかし何も言ってこなかったから、ただの考えすぎかもしれない。
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