第36話 隠してみる




「にぃ、どこいってたの!」


「ごめんごめん、ちょっと。絵本は無事に見つけられた?」


「うん。れんじおにいさんと、いっしょにえらんだよ!」


「そっか。それなら良かった。 すみません、付き合わせてしまって。わがままとか言いませんでしたか?」


「俺も楽しかったから別にいい。凄くいい子だった。それよりも、後ろにいるそいつは?」


 弟のところに戻ると、すでに借りる絵本を選び終わって待っていた。何も言わずにいなくなったことを怒ってきたが、心配をかけたのは事実なので甘んじて受け止める。

 同じく心配かけていただろう蓮司に謝ると、それよりも気になることがあるらしい。俺の後ろを指す。

 もう少し隠しておけると思っていたが、さすがにバレるか。俺の後ろに隠しているとはいっても、明らかに俺より大きい。はみ出ているからバレバレだ。


「ああ。実はいなくなっていたのは、知り合いと偶然会って話をしていたからなんです」


 紹介するつもりだったので、俺は隠れていたロウを前に出るように引っ張る。


「……よろしく」


 目線をそらしながら挨拶するロウ。とても気まずそうにしていて、どこか緊張している。俺もそばで見ていて、同じように緊張していた。

 今のロウは、実は変装をしている。それは蓮司対策のためだ。そのままの格好でいたら、確実にロウだと気づかれる。そうなれば、どうしてここにいるのだという話になるだろう。他人のフリをするのは、ロウが許可してくれないので知り合いだと紹介するしかない。紹介したら最後、俺のことがいつかはバレる。


 そうならないために、変装をしてもらうことにしたのだ。普段のロウは、黒髪ではあるがそれを後ろに流している。服もストリート系だ。しかし現在は、髪をおろし瓶底メガネをかけ、そしてだいぶ前のオタクルックの定番だったネルシャツをインした服装をしていた。雑な変装かもしれないが、短時間で用意できるのがこれしかなかったのだ。

 違う意味で怪しくなったロウには、蓮司には正体を気づかれるては駄目だと伝えてある。俺が俺だというのを、蓮司が知らないからだと言えば、自分だけが知っている優越感からか受け入れた。まさか、こんな変装をさせられるとは思っていなかっただろうが。


 ガチガチに緊張しているロウの周りを、蓮司がうさんくさそうなものを見る目つきで歩き回る。本来の立ち位置だったら、そんなことをしたら一発殴られるぐらいの行動だ。いや、正体を知っていたら、こんなことをまずしないか。

 演技を忘れてロウがキレるのではないかと心配になったが、グッと我慢している。偉い。俺もバレたら困るので、心の中で応援した。ここを乗り切れたら、後で何かご褒美でもあげよう。


 ウロウロと観察した蓮司は、ロウの正体に気がつくことなく、そして脅威はないと判断した。パッと顔を輝かせて、ロウの背中を軽くではあるが何度も叩き出す。


「そっか、よろしくな。っていうか、その眼鏡ちゃんと前が見えるのか? どれだけ目が悪いんだよ」


「勉強の、しすぎで」


「あー。なんかそんな感じがするな」


 オタクルックのせいで、下に見ている。遠慮のない物言いに、ロウの我慢が続かないと、これから起こるだろう大惨事を予想して弟を避難させようとした。しかし、ロウの忍耐力は凄かった。


「どうも」


 最小限に口を開き、小さく頷いた。頑張っている。感動を覚えそうなぐらいだ。

 身の安全のためにも、俺が間に入らなくては。話しかけようとした時、服の裾が掴まれた。誰かと言えば、弟である。何か言いたそうに、口をもごもごとしていた。


「どうした?」


 まずは弟の方が先だ。俺はしゃがんで目線を合わせた。モジモジとし出した弟は、ロウの方を見る。


「……あのひと、だれ?」


 珍しい。警戒している。誰にでも友好的な弟が、ロウに対してだけ警戒心をあらわにしていた。出会い方が悪かったのだろうか。

 あまりにも珍しくて、だいぶ驚いてしまった。


「さっきも言ったけど知り合いなんだ。はるは初めましてだな」


「……ふーん」


 説明しても警戒が消えない。むしろさらに強くなった気がする。害がなさそうな容姿をしているのに、中身を見抜いているのかもしれない。もしそうなら、見る目がある。


「にぃのだいじなひと?」


 どうして、そんなことを聞いてくるのだろう。ここで否定をしたら、心を開くことは一生無さそうだ。ロウとは、これからも関わる機会が増える。弟とも会うことになる。ちゃんと、弟の中の警戒をとかなくては。


「そうだね。大事な人。だから仲良くしてくれると嬉しいかな」


 嘘ではない。弟ほどではないにしても、ロウは大事だ。変装させてまで、これからも会いたいと思うほどには。

 恥ずかしがることなく認めれば、何も言わずにロウのところに近づいていく。きっと挨拶をしようとしている。その様子を見守っていると、俺の予想に反して弟はロウに人差し指を突きつけた。


「ぼく、すきじゃない!」


 まさかの嫌い宣言に、その場の空気が凍った。




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