第35話 俺の相棒




 ロウは、俺の相棒と自他ともに認める位置にいた。

 俺のチームが作られるまでは、別のチームをまとめていて、怖がられるぐらいに喧嘩は強かった。

 一番初めに、俺がそばにいることを許した人間である。


 出会うまでは鬼神とか悪魔とか言われていて、最初に喧嘩をした時もあだ名に負けないぐらいの暴れっぷりだった。

 しかし俺に負けてからは、すっかり牙を隠してしまった。従順なロウを見て、チャンスだと勝負を仕掛ける奴もたくさんいた。その全員が返り討ちにあった。

 俺に対して従順になったとはいっても、牙を失ったわけではなかった。むしろ、俺以外の人間には容赦がなくなったと言える。


 そういったことが何度か続けば、みんなロウが腑抜けたわけではないと気づいた。触らぬ神に祟りなしとばかりに、段々と勝負を仕掛ける人はいなくなった。

 逆に俺は、ロウと一緒にいるようになってから、喧嘩を売られる回数が増えた。なんでも、ロウを倒した俺に勝てれば街をしきれると噂が立ったせいだ。


 弟のために治安向上を目標に掲げていたので、俺は喜んでその相手をした。基本的には俺一人で対処出来たのだが、たまにロウが加わることもあった。

 それから、仲間になりたいという人が増えていって、いつしかチームになっていた。俺はトップになるのを拒否していたのだが、周囲に押し切られる形で、渋々受けいれた。俺としてはロウにやってもらいたかった。しかし、そのロウ自身が俺以外の人間は認めないと言ったせいだ。


 チームにいた頃が、決して楽しくなかったわけではない。むしろ同じような実力の人間に囲まれ、話も合い、心地いい空間だった。

 それでも、俺の中にある優先順位では弟が上だっただけ。それだけのことだ。


 チームをやめると決めた際、ロウのことをまっさきに考えた。周りにいた人の中で、一番大きな執着を見せていたのがロウだったからだ。直接、俺がいないと生きている意味が無いと言われたこともあった。

 それでも、俺は弟を優先した。ロウが不安定になると分かっていてだ。そして逃げているという自覚があったから、俺はロウがいない時を見計らってチームを抜ける発言をした。


 それから、今日までロウのことを考えなかった。わけはない。

 どこかで大丈夫なのかと、脳裏をよぎる瞬間が何度もあった。何も言わずいなくなった、俺のことを恨んでいる気がした。



 しかし、こうして目の前に座っているロウは、怒っている気配が感じられなかった。ただただ悲しんでいる。だからこそ、罪悪感で押しつぶされそうだった。


「……俺のことを、ずっと探していたのか」


「チームに行ったら、やめたって言われて。意味が分からなくて。とにかく話が聞きたかった」


「ごめん……」


「それは、何についての謝罪なんだ?」


 何について、全てについてだろうか。

 しかし、その謝罪は俺の自己満足に過ぎなかった。だから、ロウの声もかたい。


「何も言わずに、チームから抜けたこと」


 怒っている理由はこれだろうと当たりをつけていたのだが、ロウは首を横に振った。


「それは別にいい。前から、チームのトップでいることを望んでいなかったのは知っていた。いつか、抜けるだろうと思っていた」


 それなら、何について俺は謝ればいいのだろうか。何も言えずにいると、ロウはため息を吐いて俺の頬に触れた。


「どうして俺も連れて行ってくれなかったんだ。ずっと一緒にいるって言ってくれたのに」


「それは……」


 確かに、その言葉を言った覚えはあった。しかし、重い意味で口にしたものではない。俺からすれば、冗談に近かった。それを、ロウは本気に捉えていた。


「あれは、嘘だったのか」


 頬にあった手が、下にずれる。首元に、片手だったが絞めるように掴まれた。


「俺を騙していたのか?」


 普通だったら、殺されると危機感を持つところだ。首を絞められているのだ。逃げてもいい状況である。

 それでも俺は、動じることなくロウを見た。


「……騙していたわけじゃない。ただ、俺は……全てを置いていきたかったんだ」


 弟の前では、良き兄でいたかった。何かを持ってくれば、俺がやってきたことがバレてしまうと、そんなふうに思ってしまった。


「俺よりも、大事なものがあるわけか」


「ああ」


 首を掴む手は、まだ離されない。どうしようか迷っている気配。何を迷っているのか。


「それを排除すれば、俺だけのものになってくれるか?」


「もしそんなことをしたら、俺は一生お前を許さないし、二度と会うこともない」


「それじゃあ、手出し出来ないな」


 最初から手出しする気はなかっただろうが、残念そうな表情をする辺り、底が知れない性格である。まだ顔に出ているだけ、機嫌がいい証拠か。

 釘をさしたので、絶対弟に手を出すことは無いだろう。後は、もう少し機嫌が良くなってもらう必要がある。

 抜けてから、チームについて全くの無関係な人間として生活しているのをロウは知らない。しかし普通に周りをうろつかれれば、速攻でバレる。寄ってくるなとは言えないから、対策をねるしかない。


「なあ。俺とこれからも会いたいか?」


「当たり前だ」


 首を絞められかけながら、俺はどうしたものかと考える。時間切れで絞め落とされる前に、何かいい方法を見つけなくては。





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