第34話 新たな気配





「こんにちはっ」


「こ、こんにちは」


「ぼくのなまえはるです。よろしくおねがいします」


「れ、れんじです。お、おねがいします」


 見ていて面白い。完全に弟に振り回されて、話し方もぎこちなくなっている。怖がられないために、笑顔を浮かべようとしているのか、逆に変な表情になっていた。

 蓮司と弟のファーストコンタクトは、随分といい感じだった。蓮司は認めたがらないかもしれないが。後で、一人反省会を開きそうだ。


「れんじおにいさんっ」


「れ、れんじおにいさん。えっと、それじゃあ、俺ははるくんって呼ぶよ。いいかな?」


「うんっ。あ、そうだ。しー、なんだよね。うるさくしちゃだめだった」


 話しているうちに、あらかじめ図書館では静かにしているように伝えたのを思い出したのか、興奮していた弟は人差し指を口に当てた。あまりに騒がしかったら注意するところだったので、自分で気づいてくれて良かった。怒る時は怒るが、出来ればしたくはない。


「あのね。れんじおにいさん、ぼくとなかよくしてくれる?」


「えっと、よろしく。こちらこそ仲良くしてください」


 弟が手を差し伸べて、蓮司が恐る恐るその手を握り返した。二人が握手している様子は、完全に見ていておかしなものだった。

 子供と大人の握手は、ぎこちなさでいっぱいだし、とてつもなく怪しい。図書館にいる他の利用者や、職員が様子を窺っているような気配を感じた。怪しいと思われている。しかし普通にしていれば、そのうち気にされなくなるはずだ。


「仲良くなったみたいだし。はる、読みたい本があれば何でも借りられるから。一緒に選びに行こうか」


「うんっ。れんじおにいさんもいこうっ」


「お、俺も?」


「いっしょにえらぶの、だめ?」


「だ、駄目じゃない。一緒に選ばせてほしい」


「ほんとう? いこうっ」


 握手から繋ぐ体勢に変わって、そしてまずは絵本コーナーへと向かっていく。その後を追いながら、やはり弟は人見知りをしないタイプだと感心する。

 いかにもな不良に対しても、変わらず接することが出来るなんて、才能といっても過言ではない。


 弟に連れられた蓮司は、困惑しながらも嫌そうではなかった。兄弟がいると聞いたことはないから、小さい子と触れ合う機会はないのかもしれない。その最初が弟だとすると、一番いいファーストコンタクトだと言える。

 まあ、他の子に会った時に驚く可能性はあるが。俺の弟は、幼稚園の先生が驚くぐらい聞き分けがいい。全員が全員、弟みたいだと思ったら大違いだ。色々な子がいる。それを、いつか知ることになるのだろうか。

 その時に、きっと俺はいない。


「れんじおにいさんは、どのえほんがすき?」


「お、おれ? えっと、そうだな」


 困らされている。しかし、それでも絵本を選び始めたので、微笑ましくその光景を見守った。ああしていると、兄弟だと間違える人もいるかもしれない。兄の座を渡すつもりはない、蓮司も普通の人と変わりないという意味でだ。


 チームにいた時も楽しかったけど、今の方が充実している。弟と一緒に過ごす時間が多いこともそうだが、喧嘩することがもしかしたらストレスになっていた気がする。誰が敵か、いつ抗争が始まるのか、警戒していたせいだ。

 今はそんなことはない。問題は何個かあるが、それでも気持ち的には楽だった。


 このまま、平穏な日々が続けばいいのに。そんなことを考えていたせいだろうか、俺は近づいてくる気配に鈍くなっていた。




「やっと、見つけた」


 後ろから話しかけられても、すぐに反応できなかった。抱きしめられたのにも関わらずだ。驚きや恐怖よりも、懐かしさが勝った。


「……ろう?」


 顔は見えていないが、確信を持って名前を呼ぶ。そうすれば、抱きしめる力が強くなった。絶対に離すものかという気迫を感じる。しかし、否定しないから当たっているはずだ。


「ロウだよな? どうしてここに?」


 その腕に触れて、優しく問いかける。力は強くなったが、苦しいほどではない。まだ、完全に理性は飛ばしてなさそうだ。それなら、軌道修正する余地は残っている。


「会いたかったからに、決まっている」


「そうか。会いたかったのか。それなら、ちゃんと顔を見て話したい。見せてくれないか?」


「そう言って、どこかに行かないか?」


「この状態でどこに行くんだ。今言った通り、顔が見たいだけだから。不安なら、逃げないと約束もする」


 このままだと、周りの視線も痛い。真ん中の辺りで抱きしめられていたら、注目が集まれと言っているようなものだ。

 幸い、弟と蓮司は絵本を選ぶのに夢中になっていて気がついていないが、気がつかれる前に違う場所に行きたい。

 嫌なら諦めたが、約束するという言葉に効果があったようで、素直に離してくれた。


 後ろを振り向くと、思った通りのか顔だ。しかし記憶の中よりも、憔悴している。

 俺はそっと手を伸ばし、頭を撫でた。


「場所を移して話そう」


「ん」


 撫でられるのが心地よかったようで、目を細めるとゆっくりと頷いた。




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