第33話 天使な弟





 そのまま何回か高い高いを繰り返して、満足したところでおろす。顔を輝かせた弟は、興奮がおさまらないのか俺の元から離れない。


「どうした? もっとやってほしい?」


 やってほしいのなら、まだまだ何回でも出来る。しかし、そうではないらしい。

 首を横に振って、そしてまた抱きついてきた。


「きょうは、だれもこない?」


 それが、誰かに来て欲しいという意味ではないと、すぐに察した。理解した途端、たまらない気持ちになって、衝動的に抱きしめ返した。


「今日は二人だけ。誰も来ないよ」


「ほんとう?」


「本当。最近、人が来ることが多かったからな。家でゆっくりしようか」


 また、他のことに気を取られて弟に寂しい思いをさせてしまった。申し訳ない。もうやらないと決めたのに。

 俺は、弟を抱きしめたまま額を合わせる。


「最近、二人で過ごす時間が少なかったからな。みんなで遊ぶのも楽しいけど、一番ははると一緒にいる時だから」


「ほんとう?」


「当たり前だろ。今日はとことんゴロゴロってしようか。お昼も夜も、はるが食べたい物を作るから、なんでもリクエストしていいよ」


「なんでも?」


「なんでも」


「にぃ、だいすきっ!」


「俺も大好きだよ」


 目と目を覗き込み、そして笑う。この時間が幸せなのだ。やはり弟以外に、気持ちを移したりはしない。出来るわけがない。


 そのまま、宣言通りにゴロゴロして一日を過ごした。ほとんどずっと一緒にいたことで、弟も満足したらしく寂しいという感情はなくなった。まだ甘えてくるが、それは俺としても大歓迎なので、特に問題は無い。



「……ブラコン」


「っ、なにか言いました?」


「完全にブラコンじゃねえかって言ったんだよ」


 蓮司の言葉に、俺は一瞬素に戻りかけた。しかしまだ見せるべきではないと、何とか軌道修正をする。

 弟のことを話したのは、玲那の件があったからだ。蓮司と会うのは図書館だけど、それ以外の場所で絶対に会わないかと言えば、そうとは限らない。もし弟と一緒にいる時に見られて、何か大きな誤解でも生じたら弟が危なくなる可能性もあった。

 それなら最初から話しておけば、心配する必要もなくなる。そう考えて、弟の話をしたのだが話を聞いた第一声がブラコンとはどういうことだ。違うと否定はしないけど、直接言うものでもない。


「それで? 可愛くて賢くて天使な弟に手を出すなって話?」


「そんなことは無いと思ってますから、弟がいるって話しておきたかっただけです」


「あっそ。でもまあ、弟がいるって聞いて納得した。なんかそんな感じがする。下の面倒を今まで見てきた感じが。きっといい兄貴なんだろうな」


「そうですか?」


 そう言われると、くすぐったい気持ちになる。自分がいい兄でいられているのか、いつも自信がなかった。褒めてもらえると、嬉しくてたまらない。


「弟は、幼稚園に通っているって言ったな。ここには連れて来ないのか?」


「そうですね。大丈夫だとは思いますが、図書館は静かにしなくてはいけないところですから。絵本は、今家にあるので十分みたいですし」


「でも、たまには新しい本も読みたくなるんじゃないか。買うのも大変だろう」


 これは、遠回しに連れてこいと言っているのか。分かりやすすぎて、罠でもかけようとしているのではないかと心配になったぐらいだ。


「まあ、一度連れてきてみてもいいかもしれないですね。ここには絵本だけではなくて、漫画だって置いてありますから。最初に静かにしているように注意すれば、きっと騒がしくすることもないでしょう」


「そうだよな。俺は、来てみるのもいいと思う」


 会わせるかどうか迷ったが、一度弟の顔を見せて覚えてもらうのもいいか。別に仲良くする必要も無い。本人が会いたがっているし、危害を加えることも無いはずだ。


「それじゃあ……今度連れてきますね」


「いいのか?」


「何がですか?」


「俺が、会っても」


 遠回しに会いたいと言ってきたくせに、そこで怖がるのか。何だかおかしい。

 不安そうにしている姿に、思わず笑みがこぼれてしまった。


「当たり前じゃないですか。ぜひ、弟を紹介させてください」


「そ、そうか。……会うのが楽しみだ」


「弟も喜ぶと思います。人見知りしない子なので」


 あまり仲良くしすぎないでほしいとも思うが、俺が制限することでもない。仲良くなったら止められない。


「少し……緊張するな」


「緊張するって、そんな。いくらなんでも、幼稚園生なんだから大丈夫ですよ」


「でも、家族なんだろう? もしも嫌われたらって考えれば、緊張だってする。気に入られたいに決まっている。理由は分かるよな?」


「えっと……は、はい」


 これは俺が悪い。忘れていたわけではなかったが、告白されたことをどこかで遠くに押し込んでいた。全く。デリカシーが無さすぎる。


「すみません」


「謝ってほしいわけじゃない。気にするな。ただ、意識だけしてくれればありがたいな。あと、弟に会うのを楽しみにしている」


 大人な対応をされて、蓮司とは別れた。

 気にするなと言われたが、今俺がしているのはとても酷い行為なのではないかと自覚させられた。もっと、きちんと考えなければいけないのかもしれない。色々と。





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