第28話 トラブル発生
「これ、お前のスマホだろ」
「え。は? なんで?」
太一は、俺の家の前で落ち込んだ様子で待っていた。
スマホがないから連絡が取れず、どうしようもなくてここに来たのだろう。俺としては、探す手間が省けて良かった。
取り返したスマホを渡すと、まさか俺が持っていると思わなかったようで、驚いた様子で受け取った。
「これ、どうやって?」
取り上げられたのを、俺がどうして持っているのか気になったのだろう。質問をしてくるが、本当のことを話すつもりはなかった。
「なんか……道に落ちてた?」
そんなわけあるか。自分でもありえないと思ったが、この言い訳で押し通すことにした。
「道に?」
案の定、太一は信じられない様子で首を傾げている。道に落ちていたなんて、どういう経緯でそうなるんだ。と言いたそうな表情でもある。
「そう。なんか見覚えがあるなと思ったんだけど、まさか太一のものだとは。一応確認してみて良かったよ。そのままにしていたら、大変なことになっていたもんな。良かった良かった」
「そ、そうか。落ちていたのか」
とにかく押し切る。そうすれば太一も、渋々納得した。俺だったら、こんなふうに受け入れたりはしない。本当のことを話すまで、教えろと言っただろう。
しかし太一は、俺へそんなことも出来るはずはないので、納得するしかなかったのだ。
「まったく、スマホを落とすなんて何しているんだよ。拾ったのが俺じゃなければ、悪用されていたかもしれないぞ」
「べ、別に落としたわけじゃ……」
まあ、取り上げられたのだから当たり前だ。しかし、恥ずかしくて言えないだろう。
「今日来る予定じゃなかったと思うけど、もしかしてスマホが無かったから、心細くて来たのか?」
「そ、それはっ……そうだよ。連絡できないと、いつ会えるか分からないだろ。そうやって来なくなったら、喜んで俺のことを忘れてしまいそうで。それが嫌だったんだよ!」
見に覚えがありすぎて、俺は何も言えなかった。確かに連絡がなかったら、そのまま放置していた可能性は高い。最近、連絡先が増えて面倒だった。しなくていいとなれば、俺から連絡することはなかっただろう。
「悪い悪い。そんな取り乱すなって。忘れるわけないだろう。はるだって、お前がいなかったら悲しむ。連絡が取れなかったら、きっと見つけるまで探したよ」
時には、優しい嘘も大事だ。頭を撫でれば、太一が不満げにしながらも、喜びの表情を隠しきれていない。口元が緩んでいる。
そのまま優しく撫で続ければ、太一の顔から負の感情が消えていく。やはり犬みたいで可愛い。ペットとしてなら、いくらでも可愛がれそうだ。
「ねえ、何してるの?」
その声は、場を切り裂くような鋭さがあった。
驚きながら反射的に振り向くと、そこには玲那の姿があった。完全にキレている。俺と太一を見て、特に撫でているところを凝視していた。
どう考えても、最悪の状況だった。とにかくタイミングと、ごまかしの効かないところがだ。
ただ話しているだけだったら、道を尋ねられただけだったと言えたかもしれない。しかし、頭を撫でている状況で、知らない人と言っても無理がありすぎる。
太一もそうだが、今日は玲那が来る日ではなかったはずなのに。どうしているのだ。連絡も来ていない。アポ無し訪問というわけである。どういう気まぐれで来たのかは不明だが、今日である必要はなかったのではないかと声を大にして言いたい。
「……お前は」
玲那に気づいた太一が、目を鋭く細める。しかし未だに撫でられているので、その効果は半減している気がした。むしろ間抜けな感じである。
他人事であれば笑っているところだったが、今は他に解決しなければいけない事が多過ぎる。
「なんでお前がここにいるんだ」
「それは、こっちのセリフなんだけど。一匹狼が、なんでここにいて、どうして頭まで撫でられてるの。もしかして飼い慣らされた?」
「あ?」
まさに一触即発。二人の間に火花が散っている。少しの刺激で、喧嘩が始まりそうだ。その怒りの矛先が、俺に向けられるのも時間の問題だろう。
占いなんて信じないけど、絶対に今日の運勢は最悪だ。一日で色々なことが起こりすぎている。これで、まだ弟を迎える時間ではないのだから凝縮しすぎだ。こんないっぺんに起こらなくても。
放置していると、それこそ殴り合いそうなので、俺は嫌々ながらも間に入った。その際に太一の頭から手を離したから、寂しそうな顔をしていた。そんな寂しい顔をしても、今の状況で撫で続けられるわけがない。
「ふ、二人とも落ち着いてくれ」
何を言えばいいか分からず、ありきたりな言葉しか出なかった。これで喧嘩が止まるなら、まずこんな状況になっていない。
俺でも自覚するのだから、当人達も同じ気持ちのようだ。
「どういうことなんだ? なんで、ここにこいつがいる」
「まさか教えてくれるよね。最初から最後まで詳しくさあ」
これは、弟を迎えに行けるのだろうか。そう心配になるぐらい、二人の雰囲気が恐ろしかった。これは、長い戦いになりそうだ。
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