第27話 熱狂的な
「か、輝いていたって……そんなことないでしょう。いくらなんでも」
「何を言っているのですか。あなたは、今までのそこら辺にいたチンピラとは格が違います。初めて見た時から、ずっとあなただけを追いかけていました。あなたの行動を、活躍を、その全てを聞くたびに捕まえたいと強く願うようになったのです」
捕まえたいとは、かなり物騒な願いだ。しかも自分に向けられた感情だと思うと、全く笑えない。
チームにいた頃からそうだった。何故か俺にばかり執着していて、どこで情報を得たのか抗争が起こるたびに現れた。その理由が、俺に憧れに似た感情を抱いていたからだったとは。
「あなたは手の届かない存在なんです。どんなに捕まえようとしても、後一歩のところでするりと逃げられる。それでも焦がれてしまう」
自分の話をされているとは思えない。空想上の人物の話を聞いているみたいだ。完全に、変に神格化をしてしまっている。こういうタイプは、絶対に良くない。
「それなのに、今のあなたはなんですか。私に媚びを売って、簡単に拘束されて、その上追い詰められている。私の知っているあなたはそんなんじゃない!」
自分の理想通りにいかなかった時に、それが怒りに変わるからだ。過激なファンみたいなものである。ファンからアンチに変わった時が怖い。
最初から対応を間違えていた。太一のスマホがなければ、さっさと逃げていたのに。
叫んでからは、ブツブツと小さな声で独り言を言っている様子は、頭のネジが吹っ飛んでいるように見えた。
ここからの対応を間違えれば、刺されるんじゃないか。ありえない話とは言えなかった。
俺が理想通りの行動をしなかったから、今発狂しそうな状態になっている。やってしまったことは取り消せない。それなら、今やるしかない。
「おい」
俺は周りに誰もいないのを確認すると、敬語を止めて話しかけた。ブツブツと呟いていた男は、勢いよくこちらを見てくる。首がもげるのではないかというぐらいの勢いに、怯みそうになったのを抑えた。
「さっきから、ごちゃごちゃうるせえ」
チームにいた頃を思い出しながら、俺は強く睨みつけた。普通なら怖がるか怒るかしそうだが、男は顔を輝かせた。しかし、まだどこかで疑っている。俺が、自分の憧れた人間なのかを。
簡単に信じてもらえるとは思っていなかったので、俺は焦らず髪をかきあげる。ここまで視界が良好なのは久しぶりだ。そろそろ髪を切った方がいいだろうか。弟に聞いて、切ってほしいと言われればそうしよう。
髪をかきあげたことで顔があらわになった。昔の俺に近づいたから、さらに顔が輝いている。
「お前、何か勘違いしてるな。俺が簡単に捕まったと思っているのか。そんなわけないだろ。馬鹿か」
とにかく言葉を悪く。態度は尊大に。今までの行動が、全て演技だったと思わせる。はったりをかますのは得意だ。それにやらないより、やってめちゃめちゃになった方が後悔もない。
「あ、あの……」
「誰が話しかけていいって言った?」
「も、申し訳ありません」
そんなに、この俺が好きか。急に従順になったが、少しでも行動が違うと思われれば元に戻るだろう。
「俺はな、お前を待ってたんだよ。お前の方から接触してくるのをな」
全然待っていなかったけど、全てをいいように言う。
「こうやって手錠をされたのだって、油断していたからじゃない。どうしてだか分かるか?」
話すなと言ったからか、首を横に振って答えた。当たり前だ。俺だって分からない。
「お前の力量を試すためだ。まあ、期待はずれだったがな」
さりげなく男に近づく。意識を集中させるために、話しかけ続けた。
「それなのにお前は、俺がふぬけたと勘違いしたな。俺から言わせれば、お前の方がふぬけてる」
呼吸が感じられるぐらいまで顔を近づけ、そして真っ赤な男に向かって笑う。
「俺がそう簡単に捕まるかよ」
さらにわざと頬を擦り寄せると、緊張した男が息を止めるのを感じた。きっと心臓はうるさいぐらいに騒いでいるはずだ。
おかげで、俺の目的も達成出来た。一か八かの賭けだったが、天は俺に味方してくれた。
カチャリという音が鳴って、俺の手首から手錠が外れる。音に反応した男が驚くが、もう手遅れだった。
男に近づいた時に、俺はポケットから手錠の鍵を抜き取った。気づかれたら終わりだったが、近づいて翻弄する作戦が上手くいったようだ。
手首が解放されて、ようやく楽になった。もう二度とつけられたくはない。俺は手錠を地面に向かって投げる。本当はこんなことはしたくなかったが、向こうが考えている理想の俺は、こんなふうに振る舞うのだろう。現に嬉しそうだ。
「さ、さすがです。これこそ、俺の憧れていたあなたの姿ですよ」
本当に上手くいって良かった。俺は内心では安堵しながら、しかしそれを表情には出さずに睨みつけた。
「二度とこんなことするなよ。あと、太一のスマホを返せ。俺は暇じゃないんだ」
「は、はい」
手を差し出せば、素直にスマホが返された。これで目的は達成出来、いやまだだ。
「太一はどうした? どうしてこれを持っている」
「補導した際に拝借しただけで、本人には一切手を出しておりません」
それなら安心だ。これで本当に、ここにいる意味はなくなった。
さっさと退散しようとした俺の後ろから、男が声をかけてくる。
「今度は、名前を呼んでください!」
今度も何も無いし、そもそも名前を知らない。さすがに可哀想だったから、本人には言わなかったが。
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