第26話 確信のある相手





 手錠。初めて見た。

 しかもはめられている。

 俺は混乱しながら、その手錠を見た。


 逮捕された?

 何もしていないのに?

 罪を犯した自覚はないのに、こんなことありえるのか。


 そして、男はなんと言ったか。俺の正体を知っていると、そう言った。

 正体とはつまり、チームのことだろうか。まだそうと決まったわけではないが、それ以外に考えられない。


「なんのことですか。それに冗談は止めてください。こんな、手錠なんて……さすがに怒りますよ」


 これは文句を言ってもいいはずだ。文句どころではなく、クレームを入れるべきである。後ろめたいことがなかった場合だが。

 俺はとりあえず、まずは下手に出てみた。手錠をかけられた意味が分からず、相手を怒らせるとまずい気がしたからだ。


「俺の正体と言われても……先ほど身分証を見せたじゃないですか」


 手錠は少しの緩みもなく、がっちりと手首にはまって、絶対に取れそうもない。

 このままだと逃げることも出来ない。まずは外してもらわなければ。


「何か誤解をしているみたいです。落ち着いて話をしませんか?」


 落ち着いて話をする状況じゃなくても、俺がパニックになるのは避けたかった。そうしたところで、事態が好転するとは思えない。

 面倒なことになったと考えながらも、できる限り愛想良くしようとした。


「何を言おうと無駄ですよ。すでに証拠はありますから」


 しかし相手には通じなかった。素っ気なく言うと、また懐から何かを取り出す。


「これは、あなたでしょう?」


 見せつけられたのは写真だった。それは、身に覚えしかないもの。昔の、といってもつい数ヶ月前の俺の姿だった。

 写真は喧嘩をしているところを隠し撮りしたものらしく、軽くピンボケしていた。嬉々とした表情で拳を振りあげていて、自分のことながら恥ずかしくなる。これは、絶対に弟には見せられない。

 取り上げたいが、そうすれば認めたも同然だ。グッと抑えて、素知らぬふりをする。


「確かに似ている気もしますが……俺はこんなに怖い顔をしていませんよ。この人は何をしているんですか?」


 自分でも白々しい言い方になってしまった。しかし、そうだとしても認められるわけがない。この時のことは、記憶から抹消すると決めたのだ。

 俺が暴れていることを知ったら、弟が怖がってしまうかもしれない。そして認めたら、警察が捕まえるかもしれない。前科持ちは困る。本当に困る。


「あくまでも認める気は無いのですね。しかし、これならどうでしょうか?」


 そう言って次に見せてきたのは、太一のスマホだった。ロックがかかっていないのか、まるで自分の物みたいに操作をしている。太一に許可を得ているのだろうか。というか、本当に太一は無事なのか。そろそろ教えてもらいたい。

 色々と操作をした後、見せつけていた画面には俺と太一のやりとりがあった。


「随分と懐かれているみたいですが、このスマホの持ち主がどんな人物なのか知っているんですか?」


「知らないですけど、それだと何か悪いんですか?」


「弟さんもいる家に入れるには、危険な人物ですよ。本当に何も知らずに入れているとするならば、危機感が無さすぎると言えるでしょう。保護者として失格です」


 それは、相手の言うことに一理ある。普通ならば、あんなにいかにも不良ですといった見た目の人間に気を許すことはないだろう。何をしているのか知らないなんて、それこそありえない。


「しかし、昔からの知り合いだったとするならば話は別です。相手のことを知っていれば、心配する必要はありませんからね」


 どんどん追い詰められていく。理詰めをされると、何も持っていない俺はどうしようもなくなる。


「この人物は、とあるチームに所属しています。そのチームでは、少し前にトップが突然失踪しました。カリスマと崇められた人物だったので、当時は界隈がかなり荒れました。警察でもマークしていたのに、その素性を全く知らず行方も分かりませんでした」


「……どうして俺にそんな話をするんですか?」


「それは、あなた自身が一番よく分かっているのではないですか?」


 分かっている。もう、チェックメイトを宣言されたも同然だと。

 手錠もされて、正体もバレて、俺はこれからどうなるのだろう。警察に捕まれば、弟と引き裂かれる。人生の終わりとしかいいようがなかった。


「仮に、仮に俺がその人だったら、あなたはどうするんですか。捕まえるんですか?」


 いや、もう実際に捕まえているか。手錠を見ながら自嘲気味に笑うと、何故か男の顔が歪んだ。どこか納得いっていない、そんな表情だった。追い詰めたのに、嫌そうにしている意味が不明である。


「……違う」


「違う?」


「どうして素直に認めるんですか。私の知っているあなたは、そんな人ではなかった。もっと狡猾で、自信満々で、私の手が届かないような存在だったのに」


 人が変わったように、早口でまくし立てると、俺の腕を掴む。


「もっとあがいてください。今のあなたじゃ、捕まえても意味がありません。私が捕まえたいのは、輝いていたあなたです」


 この姿を見て察した。やはり、色んな意味で危ない人だったと。

 俺の本能は間違っていなかったのだ。






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