第25話 俺のピンチ





「あの……それ、俺の知り合いのスマホに似ているんですが……」


 疑問という形をとってはいるが、もう確信していた。あれは絶対に太一のスマホだ。

 しかし、何故太一ではなくこの人が持っているんだ。俺は太一から来たメッセージを思い出した。

 あれは、本当に太一が送ったものなのか。その自信はない。俺が勝手にそう思い込んだ。違う人の可能性だって十分にある。


 相手の質問には答えず、俺はスマホについて尋ねた。あの助けを求めるメッセージが、太一から送られたものじゃなかったら。状況はかなり違ってくる。


「その携帯の持ち主は、今どこにいるんですか?」


 もしも太一の身に何かあったとしたら、その原因が男だとしたら、俺は相手を許せないだろう。だから、スマホを持っている理由を知りたかった。

 知らず知らずのうちに、問いかけの中に圧を混ぜてしまったのか、こちらを見る目に鋭さが加わった。まずい。怪しまれた。しかし、どうして太一のスマホを持っているのか知るまでは、ここから離れることが出来ない。


「君は、誰ですか?」


 区切るように質問してきて、俺が答えるのを待っている。答えなければ、話が進まなそうだ。

 そうだ。そういうタイプだった。控えめなように見えて、自分の望んでいることが達成するまで諦めない。俺の方が先に折れるしかなかった。


「俺は太一の知り合いで、助けてほしいと連絡があったから、ここに来ました。この近くに住んでいて、身分証もちゃんとあります。見せましょうか?」


 何もやましいことはない。あまり身分などの情報は知られたくないが、無害だと信じてもらうためだから致し方ない。抵抗せず従順な対応をすると、向こうがゆっくりと近づいてきた。

 今までのことがあり、後ずさりしそうになるが、大丈夫だと言い聞かせて我慢する。本能が逃げろと訴えているのを無視して、相手が目の前まで来るのを待った。


 俺が取り出した身分証を見て、そして俺の顔と見比べる。その往復を数回してから、最後に俺の顔で固定する。この近さでまじまじと見られると、ものすごく気まずい。そんなに見て、何を確認しているのか。

 しばらく見て満足したのか、やっと視線が別のところに移る。そのことに安心するが、気は抜けなかった。


「一つ、聞いてもよろしいでしょうか」


「は、い。なんでしょうか」


「あなたは、私が身分を証明しなくてもよろしいのですか?」


「っ」


 思わず息を飲んでしまった。すぐに立て直そうとしたが、自分がした過ちを考えると難しかった。

 確かに、相手は警察だと名乗っただけで、身分を証明するものを提示していない。制服を着ているわけでもないのに、素直に警察だと受け入れたのはまずかった。普通なら、偽物だと疑ってもおかしくはない。


「私が警察だと知っていたのですか?」


 その通りだが、認められない。そうなれば、どうして知っているのかという話になる。何度も会ったことがあるからなんて、とてもじゃないが言えない。

 どうする。どうすればいい。頭の中でグルグルと脳が回転する。ピンチに陥ることが多すぎる。こんなに頭を使わせて、脳がパンクしそうだ。それでも思考を放棄出来なくて、俺はこの状況を打開する方法を考えた。

 いい案か分からないが、とりあえず思いつく。


「えっと、もしかして違うんですか? 警察の方じゃないんですか? そんな嘘をついているようには見えなくて……」


 とにかく馬鹿で純粋なふりをしよう。人を疑うことを知らない、そんな馬鹿になるのだ。俺は困った顔をしながら、首を傾げた。騙されて困惑しているように見えるだろうか。


「け、警察の方じゃなければ、えっとあなたは一体誰で、どうして太一のスマホを持っているんでしょうか?」


 ピンチを乗り切りながら、話をスマホに持っていく。自分では流れるように出来たと思うが、ぎこちないかもしれない。

 それでもイメージは小動物を意識して、害のないアピールを続けた。自分でも気持ち悪いと思うほどの演技を続けていれば、相手の鋭さが緩んだ。


「そうでしたか。疑って申し訳ありません。私も先に身分証を提示するべきでしたね」


 嘘だろ。上手くいった。勝率は半分を切ると諦めていたから、逆に驚いた。もっと色々と言うタイプだと思っていたのに、俺の無害アピールは上手かったのか。

 私服でも警察手帳は持っていたらしく、懐から取り出して見せてくれた。本物だろうけど、偽物だとしても分からない。そうそう見るものでもないからだ。


「それで……太一は、スマホはどうしてあなたが持っているんですか?」


 疑惑が晴れたのなら、早くスマホの件を解決したい。太一が今どうしているのか、話しながらもずっと気になっていた。


「これですか。落し物として届けがありまして」


「落し物、ですか」


 それはどういうことだ。落し物だとしたら、俺に届いたメッセージは誰が送ったものなのか。考えを巡らせ、そこで俺は隙を見せてしまった。

 気がつけば、手首には手錠がはめられていて。


「へ?」


 間抜けな声を出した俺に対し、男は静かに言い放った。


「あなたの正体は、すでに分かっています」





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