第24話 太一のピンチ





『助けて』


 そんなメッセージを受け取ったら、すぐに行動するに決まっていた。俺は着いてくるなと言って、たまり場からとび出た。

 後ろからごちゃごちゃと言ってくる声が聞こえてきたから、着いてきたら嫌いになると叫んだ。これで追われる心配はなくなった。

 俺は走りながら、太一にメッセージを送る。


『どうした?』


 しかし返事はない。それでも続けて送った。


『今どこにいるんだ?』


『なんでもいいから返事をくれ』


『何があったんだ?』


 何回もメッセージを送っていれば、ようやく返事が来た。


『最初に会った公園』


 それだけだったが、俺は公園へと進行方向を変える。何かを考える余裕はなかった。太一が助けを求めてくることなんて、そうそうない。緊急事態でもない限りは。

 つまり、今は緊急事態というわけである。一刻の猶予もない。

 最近走ってばかりだ。しかし前回走ったおかげもあり、息が切れているということはなかった。有酸素運動を取り入れて正解だった。


 公園まで全速力で走り、そして普通よりも半分以上時間を短縮して着いた。さすがに全く息切れをしないというわけにはいかず、呼吸を整えてから中に入る。

 すぐに姿を見つけられると思ったが、ざっと確認したところでは太一はいなかった。助けを求めてきたのだから、とてつもなく大変な状況になっているのか。


『公園に着いた。今どこだ』


 もしかしたら、公園から移動しているかもしれない。その可能性を考え、メッセージを送った。そうすれば、先ほどよりも早く返信がある。


『トイレの後ろにある茂み』


 確かにこのトイレには、奥に茂みがある。しかし薄暗い上に、木が多くて人目につかない。そんなところで何をしているのか。

 俺は訝しく思いながらも、メッセージを受け取るとすぐにトイレへと向かった。


「太一?」


 誰もいない公園に薄気味悪さを感じて、とりあえず名前を呼んでみる。それに対する返事はない。声も出せない状況なのか。


「大丈夫か?」


 気配が感じられるように、ゆっくりと歩く。今のところは、何も感じられない。

 本当にここにいるのだろうか。そんな疑問が出てきた時、突然背後に誰かが来た。


「誰だっ」


 最初は太一かと思った、それか公園に遊びに来た誰かかと。しかし、すぐに違うと気づいた。


 驚いて声が出そうになった。知らない人ではなかったからだ。

 声を出さなくて良かった。もしそうなったら、相手の名前を呼んでいたかもしれない。名前を知っているのがバレたら、絶対に怪しまれてしまう。

 言葉を飲みこんで、俺はその人の目をまっすぐに見る。向こうも俺をじっと見てくる。その瞳には何も感情がなくて、思わず後ずさりした。


「あの……どちら様ですか?」


 何か言わないとおかしいと、とりあえず質問する。相手は私服だ。つまり、仕事ではない。それが俺にとって、救いであればいいのだが。

 俺の問いかけに、彼は首を傾げた。しかし、疑問に思っているというよりは、あらかじめプログラミングされた行動をしたみたいな無感情なものだった。

 昔からそうだ。感情が伝わってこない。底の知れなさでは一番である。だから苦手だった。


 もう会うことはないはずだった。普通に生活していれば、お世話になることはない人種だからだ。


「……警察だ」


 最初から教えてくるとは。一体何を考えているんだ。太一のことも心配なのに、どちらに集中していいか分からない。

 私服でも警察だと名乗ってくるのは、実は捜査中なのだろうか。職務質問をしてきたのか。公園に子供も連れずに、どこか焦った男が、トイレの奥の方に進もうとしていれば無理もない話だ。そうだとしても、このタイミングでは話しかけられたくなかった。


「け、警察ですか。えっと、何かあったんですか?」


 早めに対処したい。こうしている間にも、太一の身に危険が迫っているかもしれないのだ。のんびり話している余裕はなかった。

 幸い身分証はあるし、やましいものも持っていない。どうして話しかけてきたのかは不明だが、すぐに解放される。そう考えて、好意的に見えるように協力する意思を示した。


 ひきつりそうになる口元を必死に上げて、とにかく無害さをアピールする。手のひらを見せたいところだが、それはさすがにやりすぎだろう。しかし、この人には絶対に目をつけられたくないのだ。やれることは、全てやっておきたい。

 俺は無害。一般人。あの頃とは違う。バレるはずはない。心の中でうるさくしながら、俺はつまらない男の皮を被る。

 職務質問をするつもりなら、さっさと終わらせてほしい。俺は太一のことを考えて、とにかく早くしようと焦っていた。


 警察だと名乗ってから、何も言わなくなった男は、まだ俺のことを観察していた。その視線に居心地の悪さはあるが、目はそらさなかった。

 どれぐらいの時間が経っただろう。永遠とも思えるぐらいの時間だった。俺から何かを言うべきか。そう思った時に、ようやく口を開いた。


「君は、一体誰ですか?」


「誰って……」


 その先の言葉は続けられなかった。男が何かを掲げるように見せてきたからだ。

 最初は何か分からなかったが、気づいた時には衝撃が走った。


 彼が持っていたのはスマホだった。そしてそれは、見間違いでないとしたら太一のものだ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る