第23話 迫られる






「お前、何勝手なこと言ってるんだよ!」


 蓮司が俺をリュウから引き剥がした。そして抱きしめるように間に入り、ガルルと鳴き声が聞こえそうなぐらい威嚇している。

 まるでリュウを危険人物のように扱っているが、俺からすればどちらも同じだ。優劣はない。


 今のは、告白されたということでいいのだろうか。しかも恋愛的に。こんなことは初めてだから、どうするべきか分からない。そんなにモテるほど、俺に魅力があるとは思えないし。

 二人とも、頭でも打ったのだろうか。それでおかしくなったと言われた方が、まだ納得出来る。それかドッキリであってほしい。


 俺を取り合って威嚇している二人に、とりあえず俺だけは冷静になれと自分に言い聞かせる。全員がパニックになったら、収集がつかなくなってしまう。


「あの盛り上がっているところ悪いですけど……俺はどちらとも付き合う気はありませんよ」


「はあ?」


「……なんでだ?」


 なんでと言われても。どちらも選ばないのは、別に不思議なことではない。俺にだって選ばない権利がある。


「恋人になると言っていますけど。そもそも、恋人がいるって言ったらどうするつもりなんですか?」


「いるのか? ……恋人?」


「……いるのか?」


「ちょっと落ち着いてください。二人とも顔が怖いですよ」


 意地悪したくて恋人の存在をチラつかせたら、突然冷気がその場を包みこんだ。誰だとも言っていないのに、俺の恋人を殺しそうな勢いである。どれだけだ。


「その恋人ってやつを紹介してくれるか? ちょーっと話したいことがあるんだ。なに、軽い話し合いだよ」


 それは物理的な話し合いではないのか。


「……俺も、ぜひ見てみたい……どんな奴か」


 絶対に見るだけで終わるわけない。

 なんてことないように装っているが、内心は腸が煮えくり返っている。いもしない恋人に嫉妬しているのだ。俺のことが、そこまで好きなのか。さすがにここまでの反応をされると、本気なのだと信じるしかなかった。


「……今のは仮の話です。恋人はいません」


 想像上の恋人が殺される前に、存在を否定しておく。最初は俺が庇っているのだと疑っているらしかったが、絶対にないと否定し続ければ信じてくれた。自分で蒔いた種だが、とんでもない重労働だ。


「もう、二度とそんなこと言うなよ。冗談だとしても……殺したくなる」


「……心臓が、痛い……」


「分かりました。もう絶対言いません。二人を傷つけたいわけではありませんので」


 実際に恋人が出来たとしても、二人にはバレないようにしなくては。未来の恋人の安全を確保するために、そう心に決めた。予定はないが。


「……はっきり言いますけど、俺はチームには入りませんし、恋人にはなりませんし、二人と親密な関係になるつもりもありませんから」


 むしろ、このままフェードアウトしたい。しかし、それは許してもらえないだろう。告白してきたのだから当たり前だ。それでも、はっきりと伝えたのは、下手に期待させないためである。

 誰かと恋人になるつもりはない。今のところは、弟がいればそれで十分だ。恋人を作ると、どうしてもそちらに時間を割かなければいけなくなる。弟と恋人、二つを天秤にかけるなんて無理だ。それなら、作らない方がいい。弟が悲しむかもしれない。それは絶対にありえない。


「そんなの分からないだろ。俺達は、まだまだ知り合って日が浅いんだから。これから一緒の時間を過ごすうちに、恋愛感情を抱くことだってありえる。未来は決められない」


「……真似するつもりは無いが、その通りだ……」


 はっきりと拒否したつもりなのだが、何故か逆にやる気を出されてしまった。予想していた反応と違うと、俺は思わず額に手を当てた。最近、上手くいかないことが多い。厄年か。お祓いにでも行った方がいいかと、切実に考えた。


「……諦めの悪い人達ですね。無駄な努力はしない方がいいと思いますが」


「悪いが、俺のじいさんの遺言で絶対に諦めるなって言われているんだ」


「……俺も」


「それ、嘘ですよね」


 そんな遺言が被ることが、あってたまるか。それにチームにいた頃、蓮司の祖父はまだまだ死にそうにないと愚痴を言っていたのを覚えている。

 不謹慎な嘘をついてまで、しがみついてくるか。呆れてものも言えない。


「……もう勝手にしてください。でも、俺は忠告しましたからね。恨むのはお門違いですよ」


 結局、何故か俺が引く形になっていた。満足気にしているから嫌味を言ったのに、全くそれは耳に入っていないようだった。


 そこから不公平だとの主張があり、リュウとも連絡先を交換することになった。おかしい。最近、どんどん連絡先が増えていく。こんなはずじゃなかったのに。

 俺が首を傾げていると、ちょうどその時スマホに誰かがメッセージを送ってきた。太一だ。次に来る日でも送って来たのだろうか。


 蓮司とリュウに見えないように気をつけながら見ると、思わず声が出そうになった。メッセージは簡潔に一言だけ。


『助けて』


 とだけ送られてきた。





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