第21話 巻き込まれ





 しかし立ち去ることは出来なかった。両腕を、それぞれ掴まれたせいである。引き止められた。逃げることを予期されていたと、そういうことだ。


「離してください」


 俺はとりあえず蓮司に話しかけた。話しかけたくはなかったが、もう片方に言うよりはマシだ。一応、誰だか知らない設定になっているのだから。

 話しかけられた蓮司はというと、最初は嬉しそうな顔をしていたが、要件が離してなのに気づいたのか、すぐに嫌そうな表情になった。


「なんで俺が離さなきゃいけないんだよ。お前が離せばいいだろ。お前が」


「……嫌だ」


「はあ? ふざけるなよ!」


「……お前が、離せばいい」


「なんで、そうなるんだ!」


 俺を挟んで喧嘩をしないで欲しい。蓮司が叫ぶから耳が痛い。顔をしかめていると、両腕が引っ張られ出す。遠慮の無い力で、引きちぎられそうだ。


「い、痛いですっ」


「おい。痛がっているだろう。離せ」


「……お前が、離せ……可哀想だ……」


 お互いに離せと言って、全く譲ろうとしない。縦に引き裂こうとしているつもりか。この力の強さだと、冗談では済まされない。


「いい加減にしてください! どっちも離してください!」


 叫んで、そして振り払った。痛かった。本当に。遠慮という文字が、頭の中にないのだろうか。もしそうだとしたら、すぐにでも書き加えるべきだ。俺は腕をさすりながら、二人を睨みつける。


「もういいです。俺は金輪際、あなた達と関わるつもりはありませんから」


 元々関わるつもりはなかった。成り行きで仕方なくだった。関わらなくて済むなら、そっちの方が断然いい。これは縁を切る格好の理由になると、俺は実際思っている以上に怒ったふりをする。


「もう俺に連絡してこないでください。あそこにも行きません。二度と関わらないでください、いいですね」


 相手の反応を見る前に、冷たい視線を向けて言いきった。そうすれば蓮司が、そしてもう片方の男が衝撃を受けた顔をする。


「わ、悪い。引っ張りすぎたことは謝るから、だからもう二度と会わないとは言わないでくれ」


「……ごめん」


 いや、謝れるのか。こいつら。

 ものすごく失礼なことを考えながらも、計画が上手くいっていなくて焦る。このまま、反省の色を見せず言い訳するだろう二人を置いて、いなくなるつもりだった。しかし謝られてしまえば、許さなくてはいけなくなる。それは困った。

 もしも犬だったら、耳もしっぽも垂れ下がっていただろう。それぐらい可哀想なオーラを醸し出している。

 ものすごく困った。俺は犬派なのだ。太一の時からそうだったのだが、可哀想なオーラを出されると手を差し伸べたくなる。

 まさかその事実を知っているわけはないが、二人とも俺の反応を弱々しく窺っていた。そんな顔は止めろ。とにかくぎゅっとしたくなる。


 俺の反応を待って大人しくしている。先ほまでのオラオラ具合は、一体何だったのだろう。それぐらい大人しくなっていた。

 可愛い。まったく。俺の好みを熟知していて末恐ろしい。頭を抱えて、深く息を吐いた。その動きにも、怯えた素振りを見せるからタチが悪い。


「……まずは、俺をここに連れてきた理由を教えてください」


 完全に許したわけではない。しかし、すぐに帰るのは止めた。俺の怒りが小さくなったのに目ざとく気がついたのか、二人の顔が明るくなった。あまり気を許すと調子に乗りそうなので、冷たい視線はまだ向けておく。


「それで、どうして俺をここに連れてきたんですか?」


 まずは連れてきた張本人である、蓮司に質問を投げかけた。俺に注意が向いたのが嬉しかったのか、冷たい視線を受けてなお顔を輝かせていた。


「自慢したくて」


「自慢?」


 何を?

 俺の頭の上にはてなマークが浮かぶ。


「俺のだって、知らしめたかった」


「はい?」


「だから、お前を自慢したかったんだ!」


「はあ?」


 俺のだって自慢したかったと言われても、俺は蓮司のものではない。そもそもの前提がおかしかった。はてなマークを頭の上に浮かばせたまま、俺は冷静に尋ねた。


「俺は、別にあなたのものではないですけど?」


 いつ、俺が蓮司の物になった。静かに指摘すれば、びくりと肩を揺らす。


「い、いつかは俺のものになるってことで」


「俺の意見は無視ですか。そういえば、無理やりキスもしてきましたよね。然るべきところに訴えれば、犯罪になりますよ?」


「ぐっ」


 ぐうの音も出ないとは、このことだ。蓮司は悔しそうな表情で、唇を噛みしめる。

 その様子を見て、男が鼻で笑った。


「……愚かだな。……こいつと、恋人でないなら……俺にもチャンスがある、ということか……」


 嬉しそうに話かけてくるが、そもそも言わせてもらいたい。


「俺、あなたのこと誰だか知らないんですけど。まず、お名前から教えてもらっていいですか?」


 はっきりとお前のことなど知らないと言えば、目を見開いてそしてうなだれた。まさか知っていると思ったのか。それは、あまりにも自意識過剰すぎる。


 こうして暴力ではなく二人を撃沈させた俺は、もう少し調教する必要がありそうだと考えた。





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