第19話 バチバチ
誰が来たんだ。俺は顔を確認しようとしたが、蓮司に抱き寄せられて胸に逆戻りさせられた。抗議の意味を込めて胸を叩くけど、力が弱かったからか鼻で笑われただけだった。本気で抵抗したくても、入ってきた人物が誰だか分からない中で下手な動きは出来ない。
抵抗を諦めると、蓮司は入ってきた人物に話しかけた。
「よお、元気か?」
気安い様子で、しかも驚いていないということは、ここに来る可能性が分かっていたようだ。もしかしたら呼び出したのかもしれない。
「……そこで何してる。そいつは誰だ?」
低い声。苛立ちが伝わってくる。
そして、その声の主を知っていた。しかし、ここに来るはずがない。おかしい。
俺の知らない間に、何が起こったんだ。
「まあ、いいだろう。それよりも、聞きたいことがある」
蓮司は俺を抱きしめたまま、話を続けるらしい。どう考えても俺の存在は邪魔だと思うが、向こうも特に気にしていない。俺に興味が無いからか。それが、いいのか悪いのか微妙なところだ。とにかく、ここから解放してほしい。
「……聞きたいこと?」
前からそうだった。話し方がのんびりすぎて、会話をするのが面倒な奴だった。ためが長いのだ。いつもイライラさせられていたが、蓮司も同じようだ。俺を抱きしめる腕の力が強くなる。
「お前のところの奴が、最近妙に大人しいよな。何を企んでいる?」
「……うちの? ……ああ、レナか……」
「前までぴーぴーぴーぴーと、ここまで来て騒いでいたじゃねえか。それなのに、最近全く来なくなった。おかしいよな?」
「……そんなこと、言ったら……そっちも……おかしい……」
「は?」
「……前まで、こっちにチームの奴らが来ていた……最近見ない……何があった?」
会話のテンポが遅いが、声が小さいわけではないので俺の耳には入った。何かいざこざがあるらしい。しかし、まだ表には出していない。
「何があった? たぶん同じじゃないか?」
「……同じ?」
どんな話をしているのだろう。俺には先が見えない。そのまま耳を澄ましていれば、急に体の締め付けられる力が無くなった。そして、体の向きを変えられる。
俺の視界には、蓮司と話していた人物が映った。やはり考えていた通りの人だ。
玲那のチームのトップ。確か名前は……忘れてしまった。興味がなかった。
とにかく背が高くて、全身黒づくめ。威圧感があり、職務質問を毎日受けること間違いなしだ。俺も普段であれば近寄りたくないし、弟も近づけたくない。どこかの犯罪組織かと調べたこともある。一応、逮捕歴はなかった。
寡黙なタイプなのだが、相棒として選んだのは玲那だった。騒がしいのは嫌いではないらしい。
俺がチームにいた頃は、よく抗争という名で腕試しをしていた。体を動かすのは楽しく、向こうも俺と戦うのが楽しかったらしい。その口元には、いつも笑みが浮かんでいた。戦闘狂である。俺も似たようなものなので、相性が良かった。それも昔の話だが。
バッチリと視線が合ったのだが、すぐにそらされた。
「……誰なんだ?」
その質問は真っ当なものだった。この姿では初めましてで、俺の姿はどう見ても喧嘩をするタイプではない。どうしてここにいるのかと、不思議に思うのも無理はなかった。
俺もどういう顔をすればいいか分からず、とりあえず笑ってみた。しかし、ちらりとこちらを見た彼は舌打ちをして顔をしかめた。
嫌われた。というよりも興味が無い。俺だって好きでここにいるわけではないのに、とてつもなくいたたまれない。
俺は全ての原因である蓮司を睨みつけた。そして抗議の意味を込めて、胸を軽く叩く。しかし、相手には通じなかった。むしろ楽しそうに頬を撫でてきた。触らないでほしい。俺はすぐに手で振り払った。それでも、怒った様子はない。それが余裕に見えて、ものすごくムカついた。
「どういうつもりですか」
俺は小声で怒る。さすがに、これは怒る権利があるはずだ。それでも、怒鳴ることはまだしなかった。状況を見極めるまでは。
「そんなに怒るなよ」
「怒るに決まっているでしょう。無理やり連れてこられたかと思えば、なんの説明もしてもらってないんですから」
「そうだったか?」
そろそろ殴ってもいいだろうか。俺は震える手を抑えて立ち上がろうとする。しかし、腰を掴まれて阻止された。しかも、何故か蓮司の膝に座る形にされてだ。バカップルか。呆れた視線が突き刺さる。俺じゃない。そう声をあげたかったが、蓮司が口を開く前に塞いでくる。
それが手だったら、どんなに良かったことか。しかし実際は唇だった。口で塞ぐなんて、どこの恋愛ドラマだ。同意がないので、完全に犯罪である。
パニックになっている俺をあざ笑うように、するりと舌が入ってきて、俺の口内を好き勝手に探り始める。思い切り噛もうとした。しかしそれを見越して、顎を掴まれてしまう。口を無理やり開けさせられ、聞きたくもない水音に目を強く閉じた。
絶対にやり返す。キスに翻弄されながらも、俺は頭の中でそう強く考えていた。
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