第18話 たまり場





 未だに腕を掴まれている。その力は強い。俺を、どうしてもたまり場に連れていこうとしている。何故だ。どうしてここに連れてこられた。

 頭の中はパニックである。理由が分からないのが一番の原因だった。廃工場に怯えるふりをして抵抗しているが、いつまでも持ちはしない。どんどん蓮司の機嫌が悪くなっているのが伝わってきた。


「なんで中に入ろうとしないんだ」


「こ、怖いからです。ここはどこなんですか?」


「別に怖い場所じゃない。大丈夫だ。とにかく中に入ってくれれば分かる」


 何故か理由を言ってくれない。無理やり連れていこうとする態度に、俺は嫌な予感が大きくなった。


「ここはどこなのか教えてくれなければ、俺も中に入りようがありません」


 中がどんな場所かは知っている。知らないふりをした。しかし相手は納得していない。


「本当は中に何があるのか知っているんじゃないか?」


「どうして、そう思うんですか?」


「ここまで来る時、たまに俺が進むのを止めようとしていたよな。何があるか分かっていて、それで進みたくなかったんじゃないか?」


 蓮司の言う通りである。俺は進みたくなくて、途中何度も止まった。それを気づかれていたなんて。冷静に観察されていたらしい。

 俺は何も言えず、思わず固まってしまう。そして、それは近くにいた蓮司に気づかれた。


「やっぱりな。まあ、話は中でゆっくりするぞ」


 もう抵抗出来なかった。俺は諦めて力を抜く。力が抜けたのを確認すると、蓮司は中へと引っ張っていく。

 ここに来ることは、もう二度とないと思っていた。来る気もなかったのに。そう時間も経っていないのにも関わらず、戻ってきてしまった。

 蓮司に顔が見えないのをいいことに、げんなりとした表情を浮かべる。何が待ち構えているのだろう。騙し討ちのようにしたのだから、よほどの事情があるはずだ。


 中に入ると、まっさきに荒れ具合が気になった。物が散乱している。暴れて、その後掃除をしなかったみたいだ。

 集まる場所は綺麗にしとけと言っていたのに、どうしてこんな惨状になっているのだろう。誰も気にならなかったのか。俺と同じぐらいの価値観の奴もいたはずだが。

 惨状に顔をしかめていると、蓮司が取り繕うように早口で話し出す。


「今、綺麗にしている余裕がないんだ。我慢してくれ」


「は、はい」


 別に俺に関係は無いのだから、取り繕わなくてもいい。しかし、どこか後ろめたそうだ。この様子を、自分でも恥ずかしいと思っているのだろう。それなら綺麗にすればいいのに、そう思ったが俺が言うことではない。


「誰か……他にいるんですか?」


 今のところは人の気配を感じられない。隠れていなさそうだが、最近は平和ボケしていてなまっている。自分の感覚は当てにならなかった。


「今はいない」


 正直に答えてくれるか微妙だったが、本当のことを言っている。しかし、今は、というところに引っかかった。今はいないが、これから来る可能性もあるわけだ。

 リンチされるのか。それもありえた。理由に心当たりはないけど、俺の行動が気に食わなかったのかもしれない。


「ここに座ってくれ」


 そう言って、ソファを指す。ようやく腕が解放されて、俺は痺れた手首を回す。うっすらと赤い。どれだけ遠慮なく掴んだのだろう。


「わ、るい。痛むか?」


 蓮司も気づいて眉を下げた。本人に傷つける気はなかったから、痕がつくほど握ったのを申し訳なく思っているのだろう。


「大丈夫です。日焼けしないから、赤くなりやすいだけで痛みません」


 俺が気遣う必要は無いのに、あまりに悲しそうな顔をするからフォローを入れた。嘘ではなく、痛くない。赤くなりやすいのも本当の話だ。


「えっと、これからここで何をするんですか?」


 やはりリンチか。蓮司一人ならどうにかなるが、人数を集められたらさすがにきつい。手を解放されているから隙を見て逃げられるが、出口に誰か待ち構えているかもしれない。俺は徒歩なので、バイクでも使われたら逃げ切れるわけもなかった。

 周囲を警戒しながら尋ねた。こちらをじっと見ている蓮司は、俺の質問に答えず隣に音を立てて座ってきた。

 なんだやる気か。喧嘩なら買うぞ。心の中で挑発していたら、急に腕が伸びてきた。殴るならカウンターで返す。その覚悟で手の先を追うと、何故か肩を抱き寄せられた。


「へっ?」


 攻撃されるとしか考えていなかったから、反応が遅れてしまった。気がついた時には、蓮司に抱きしめられる形になっていた。


「あ、あのっ」


「しっ。静かにしろ」


 体を起こそうとしたが、さらに引き寄せられる。バランスを崩したせいで、俺からも抱きしめているかのような形になっていた。近い。近すぎて、蓮司の匂いをダイレクトに感じてしまう。

 騒ぐ心臓を抑える。しかし、ふと気がついた。どうして、言うことを聞いて大人しく抱きしめられているのかと。さっさと抜け出せばいい。

 もう一度体を起こそうとしたが、その前に扉が開く音が聞こえた。誰かが入ってきた。


 こんな状況で、一体誰が入ってきたんだ。俺は蓮司に抱きしめられながら、完全にパニックになっていた。





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