第17話 二人きりのお出かけ……





 火曜日になった。俺は弟を幼稚園に連れて行くと、そのまま待ち合わせ場所である図書館に向かった。弟の準備プラス自分の準備もしなければいけなかったので、いつもより早く起きたけどバタバタしていた。


「にぃ、いってらっしゃい!」


 今日が出かける日だと伝えていたからか、何故か逆に弟に見送られてしまった。幼稚園の先生や保護者が微笑ましいものを見る目をしていて、少しだけ恥ずかしかった。

 時間に余裕があるおかげで、この前みたいに急がなくてもいい。鍛え続けているつもりだったが、仕事に時間をとられるせいもあって体がなまっていたらしい。あの後、軽く筋肉痛になった。そこまで貧弱になっていたのかと自分でも驚き、最近は鍛える時間を前よりも増やした。弟を肩車したり、腕に掴まらせて持ち上げたりする時間も増えたから、弟もとても喜んでいる。

 今喧嘩したら、負けるかもしれない。いや、それはないな。負ける気はしない。アホみたいなことを考えながら、俺は流れる景色を楽しんだ。


 待ち合わせ場所の図書館前に着くと、すでに蓮司が待っていた。まだ指定された時間の十五分前なのに、一体いつから来ていたのだろうか。


「お待たせしました」


「おお。今日は早いな」


「悪かったですね。この前はお待たせしてしまって」


 皮肉を言ってきたので、俺は言葉に棘を混ぜて言い返す。出かけることになったのも、元を正せばそれが原因だった。

 謝ってお詫びをするためにこうしているのに、それを言われると気分が下がる。この野郎の気持ちを込めて軽く睨むと、降参するように手をあげた。


「悪い悪い。軽い冗談のつもりだったんだ。そんなに怒らないでくれ。こうして出かけられて、柄にもなく浮かれているんだ」


「それならいいですけど。今度言ったら、俺帰りますからね」


 頬を膨らませる。俺も本気で怒っているわけではない。少しムッとしただけだ。帰るというのも、軽い脅しのつもりだった。


「悪かったって。ほら行こう」


 手を差し出され、俺はその手をただ見つめる。えっと、なんだ。金を渡せばいいのか。一緒に出かけるのに、料金がかかるタイプなのか。それはレンタル友達とかそういうやつか。首を傾げながら、俺は財布からお金を取り出す。


「なんだそれ」


「え。今日遊ぶためのお金ですかね?」


「は?」


 あれ、違うのか。お金を渡そうとしたら訝しげな表情をされたから、手を差し出したのはお金を要求するためではなかったようだ。


「金なんてもらうわけないだろう。俺のことをなんだと思っているんだ」


「えっと、急に手を差し出してきたので、どうしたのかと思いまして」


「どうしてそんな思考になったんだ……違う。手をつなごうとしたんだよ。普通分かるだろう」


「ああ、そうだったんですか。全く分かりませんでした。そういう経験が無かったものだったので」


 手を繋ぐという選択肢が全くなかった。それを素直に言えば、怒るかと思ったら逆に機嫌が良くなった。


「そうか。経験がないのか。それならいい」


 何が良くて何が悪いのか、よく分からない。悪いよりはマシかと、ポジティブに考えることにした。


「それで? 繋がないのか?」


 それは、繋がないだろう。出かけるのに手を繋ぐなんて、それこそデートじゃないか。


「あくまでも、俺達の関係は友達でしょう。繋ぎませんよ」


「残念。繋ぎたくなったら、いつでも言ってくれて構わないからな」


「言いませんよ。絶対に」


 くっきりはっきりと言えば、苦笑が返ってきた。本人も受け入れられるとは思っていなかったらしい。それなら、わざわざ聞くなという話である。


「行くか」


「はい」


 手をおろした蓮司は、俺に着いてくるようにジェスチャーをした。その後ろに行こうとしたが、考え直して隣に並んだ。そうすれば、蓮司の口角が上がった。俺の考えは正解だったらしい。

 隣に並び歩き、二人きりのお出かけが始まった。





「ここですか?」


「ああ、ここだ」


 連れてこられた先は、まさかのチームで集まっていた場所だった。

 嘘だろう。俺は何度も確認した。しかし、何度見直しても違う場所に変わりはしなかった。

 どこに連れていかれるのか、色々な予想はしていた。きっと若者が遊ぶような、そんな場所に連れていかれると思っていたのだが。どうしてここなんだ。俺は顔が引きつるのを、隠しきれなかった。しかし、廃工場という場所に引いていると勘違いしてもらえただろう。


「あの……ここって、どういう場所なんですか? 遊べる場所には見えないのですけど……」


 まさか中に入れとは言わないよな。バレないとは思うが、それでも危険があるうちは避けたいところである。

 今すぐ逃げるべきか考えた。どういうつもりで連れてきたのかは知らないけど、理由なんてあるはずがない。

 俺は怯えるふりをして、後ろへと下がった。しかし、下がった分だけ距離を詰められる。


「まあ、いいから。とにかく中に入ろう」


 手首を掴まれた。その力は強かった。俺を逃がすつもりがないといったばかりである。本気を出せば振り払える。振り払えるが、それをするには情報が足りなかった。

 とにかく、どうして俺を中に入れようとするのか。それを知ってから考えることに決めた。




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