第15話 静かに崩れていく
細心の注意を払って調整していたのだが、俺は太一と玲那にばかり気を取られていたらしい。
『こい』
たった二文字のメッセージが来て、送ってきたのが蓮司なのを確認して頭が痛くなった。そういえば、最近忙しくて図書館に行けてなかった。決して忘れていたわけではない。頭の片隅にはあったのだが、他のことを優先してしまっていた。
元々一匹狼タイプだったし、他よりも年齢が上だから大丈夫だと思っていたのだ。しかし、放置していたのは間違いだったらしい。
文字を変換する余裕が無いということは、おそらく我慢の限界である証拠だ。
これは、すぐにでも会わなければ。俺はメッセージを急いで送る。
『今から行く』
幸いなことに、図書館が開いている。これで次の日しか行けなかったら、絶対に爆発していた。俺は弟の幼稚園に連絡をする。お迎えが遅くなるかもしれないと伝えれば、預かり保育をしてくれると言ってくれたので助かった。一応連絡したが、出来ればいつも通りの時間に迎えにいきたい。そうしないと、弟が悲しむかもしれない。
連絡を入れ終わったと同時に、俺は飛び出るように家を離れる。
早く早くという念が通じたのか、電車にいいタイミングで乗ることが出来て、いつもよりも早く着けそうだ。しかし電車に乗っている最中も、俺は気が焦って仕方がなかった。
返信が来ないのが一番の原因である。俺のメッセージに気づいたのか、それとも気づいていないのか、どちらだとしても最悪だ。
図書館に向かっているが、いなかったらどうしようか。その時は来るまで連絡をすればいい。
そう決めて、俺は残りの時間を目を閉じてやり過ごした。
電車からおりると一気に走る。
そんな姿に周囲が驚くが、構っていられなかった。ここまで走るのは久しぶりだ。息が切れるけど、休むほどではない。
そういえば、スマホと財布以外なにも持っていない。急いで出たから、準備している暇もなかった。でもまあ、この二つを持っていればなんとかなるだろう。
図書館まで一度もスピードを緩めることなく走り続け、そしてなかば滑り込むように到着した。平日のお昼に近い時間だからか、そこまで人の姿はいない。口論になる可能性もあるから、人が少ない方がありがたかった。
人の迷惑にならないように静かに中に入ると、いつも座っている席へと向かう。そこには、すでに先客がいた。見覚えのある姿だ。メッセージは、きちんと届いていたらしい。胸を撫で下ろすと、息を整えながらゆっくりと近づいていった。
「お待たせしました」
「ああ、随分と待たされたな」
やはり怒っている。後ろから声をかけたのも悪かったかもしれないが、全くこちらを見ようともせずに返事があった。
「すみません。出来る限り早く来たつもりだったのですが……」
「そういうことじゃないのは、分かっているだろう」
言っている通り、確かに分かっていた。今まで来なかったことに対して、遅いと言っているのは。
「……少しバタバタしていて」
俺は言い訳をしながら、いつも座っている蓮司の前の席に座った。それでも視線が合わない。わざと合わないようにしている。
「そうだとしても、連絡ぐらいは出来たんじゃないか?」
「そうですね。配慮が足りませんでした。すみません」
「本当に悪いと思っている? それとも、ただ単に謝れば終わると思って言っただけ?」
普段だったら後者かもしれない。しかし、今回は違った。俺はかなり反省していた。
「言っても伝わらないかもしれませんけど、本気で申し訳ないと思っています。……どうすれば許してもらえますか?」
そう提案をするぐらいである。ようやく蓮司がこちらを見た。憔悴しているし、気のせいでなければやつれてもいる。俺のせいか。
会う頻度は、玲那よりも少なかったはずなのに、まさかそこまで重要な割合を占めているとは思わなかった。
「本当に反省しているのか?」
「はい。本気です」
どんな無理難題でも叶える覚悟だ。その覚悟が伝わったのか、蓮司の雰囲気が少しだけ柔らかくなった。
「そこまで言うのなら……そうだな」
「……もしかして、俺のこと嵌めましたか?」
機嫌の切り替えが早すぎる。今では鼻歌を奏でそうな勢いに、嵌められたのを確信した。
「随分と待たされていたのは本当のことだ。まさか、一度言った言葉を取り消したりはしないよな?」
ジト目で見つめたが、どこ吹く風である。挑発的に笑ってくるので、このまま逃げてやろうかとも考えた。しかし、そうしたら今度こそ大きな怒りを誘発するだろう。
「……取り消しませんよ。俺に出来ることなら、なんでもします」
「なんでもなんて言葉、使ってもいいのか?」
「いいですよ。言ってみてください」
なんだかんだ言ってはいるが、蓮司も俺が困ることは望まないはずだ。全てを受け入れるしかない。
口元に手を当てて考えた蓮司は、ニヤリと笑う。
「それじゃあ、俺とデートしてくれよ」
前言撤回。こいつは血も涙もない奴だった。しかし何でも言うことを聞くと言った手前、無理だと拒否するのはプライドが許さなかった。
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