第14話 調整の日常




 玲那れいなが家に来るようになった。

 何もレベルアップしていない。むしろ下がった気分だ。

 今のところは、太一と会わないように注意して、来る日にちを調整している。あとは弟に、二人が来ているのを秘密にするよう言い聞かせた。何気なく言ってバレたら目も当てられない。きちんと言えば、内緒にしなければいけないと納得して、きちんと言わないでいてくれている。賢い。


 しかし縄張り意識でもあるのか、二人とも何かを感じている。


「なあ、この家誰か来た?」


「は?」


「なんか、いつもと空気が違う」


 その言葉に、少し冷や汗が出る。まさか気づかれたか。太一が犬のように鼻を動かす姿を見て、昨日来た玲那のことを思い出す。

 まさか匂いがするとは言わないよな。くんくんと歩き回るところは、玲那がいた場所だ。香水かと一瞬思ったが、弟に害があると禁止していたから、それはない。

 香水ではない匂いを感じ取るなんて、本当に人間か。俺は首を傾げる。匂いが残っていたとしても、さすがに玲那とは結びつけないだろう。


「この臭い、なんかムカつくんだよな。殴りたくなるっていうか……俺の知らない間に、変なの連れこんでない?」


 ほとんど答えを導き出しているみたいな言葉に、俺は顔を引きつらせないようにするので必死だった。弟は、大人しくテレビを観ている。今のところ、こちらの様子を気にしていない。そのままでいい。俺が対処しなくては。


「そりゃあ、誰も来ないなんて言わないだろう。この家にだって客人は来る。当たり前のことを聞くな」


「俺が言いたいのは、そういうことじゃないんだけどな。……まあいい」


 それ以上深堀してこなくて良かった。そうでなければ、玲那のことを気づかれていたかもしれない。全然納得いっていなさそうな表情だとしても、俺は見て見ぬふりをした。


「隠し事をするなら、バレないようにするんだな。バレた時が一番面倒なことになる」


「なんのことだか分からないが、肝に銘じておく」


「俺の言葉を忘れるなよ」


 念入りに忠告されたが、俺はあくまでもシラを切った。嫌な予感はビンビンしてもだ。玲那のことを認めたら、それこそ家が半壊しそうで、目先の方を優先したわけである。

 とりあえずは、その選択で上手くいった。と思いたい。




「ねえ。ここ、なんか臭わない?」


「昨日焼肉パーティーしたんだ。もしかして、まだ臭いが残っているのか?」


「うわ。なにそれ、ずるい。俺も呼んでよ。って、そうじゃなくて。そういう臭いじゃないんだよね。なんか野良犬臭いっていうか。変なの呼んでないよね?」


「野良犬臭いって、人の家に対して失礼なことを言うな。追い出してやろうか」


 こいつらは、なにか常人には持ち合わせていないセンサーでも持っているのか。太一と似たようなことをいう玲那に、俺は呆れた視線を向けた。

 昨日太一と焼肉パーティーをした。家の中の気配に、あまりにも敏感になっていたからだ。美味しいものでも食べれば、気持ちも落ち着くだろう。その考えは正しくて、帰る頃には臭いがどうのこうのとは言わなくなっていた。


 しかし、今度は玲那の番か。全く似たもの同士か。心の中でツッコミを入れながら、俺はとぼけたふりをする。

 信じていないのか、玲那はじっとこちらを見つめてくる。俺は視線を感じながら、玲那の前にコーヒーを置く。


「なんだその顔。本当に追い出されたいのか?」


「追い出されたくはないけど、なーんか嫌な気分」


 そう言いながら、コーヒーにはきちんと口をつけている。出ていく気は無さそうだ。

 弟は幼稚園に行っているから、いても大丈夫だけどそこからバレる心配はない。未だに弟のことを子供だと勘違いしている玲那は、弟と会うのをどこか避けている。気まずいらしい。

 そういうわけで基本的に来る時は、弟が幼稚園に行っている時だ。そのおかげで、太一との時間を調整しやすい。


「前に来た時も、なんか同じようなのを感じたんだよね。でも、ここまで濃くはなかったのに。どこの馬の骨を呼んでいるの?」


「犬の次は馬か。ここは動物園なのか」


「もう。ごまかさないでよ。俺以外にもこの家に誰が来ているのか教えて」


「なんで教えなきゃいけない。ここは俺の家だ。誰を入れようと、誰と遊ぼうと、口出しする権利はお前にない」


「そうだけどさあ。そうなんだけどさあ。俺のことを、もっと大切に扱ってくれていいんだよ。そうしないと、俺どうなるか分からないよ」


「……そっちこそ脅しているのか」


 優しくしないと、暴れるといった脅しにしか聞こえなかった。もしそうだとしたら調子に乗りすぎだと、大人しくさせるためにも睨みつける。俺の睨みに怯んだのか、元々脅すつもりはなかったのか、玲那は手をあげて降参のポーズをとった。


「脅したつもりは無いよ。ただ俺に対して冷たいんじゃないかって思っただけ。どうして?」


「出会いを考えれば、当然じゃないか」


「あー。それについては謝るから、もっと友達みたいな感じで接してほしいな。……駄目?」


 捨てられた子犬みたいな目を向けてきて、俺は騙されないと思いながらも、小さく呟くしかなかった。


「できる限りならな」


 自分のテリトリーに入れると甘くなってしまうのは、昔からの課題である。




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