第13話 折衷案
本当のことを言うか勘違いさせたままにするか迷って、俺は後者を選んだ。どうせすぐにバレるだろうが、精神的に疲れさせられた分、数日の間でも悩めばいい。性格が悪いかもしれないが、俺だってここ何ヶ月かの間に疲れさせられたから、少しぐらい仕返しをさせてほしい。
「別に関係ないだろう。俺が誰と何をしようかなんて」
あえて素っ気なく言えば、ショックを受けた表情になる。罪悪感は湧くが、それでも取り消すつもりはなかった。
「そ、うだね。関係ないね」
涙は止まったが、悲しそうな顔のままだ。この話を続けると、俺の良心が痛む。とにかく話題を変えることにした。弟にも、こんな姿を見せたくない。
「それで? どうして、わざわざここに来たんだ?」
ただ顔を見せに来ただけではないだろう。何をしに来たのかが問題だ。俺のことをどこまで調べて、どこまで知ってしまったのか。
弟の存在を知らなかったみたいだから、もしかしたらそんなに警戒する必要は無いかもしれないが、念のためである。
「……ねえ、本当に一般人なの?」
「どう見ても一般人だろう」
「一般人だったら、もっと情報が集まるはずなんだけどね。やっと名字と家の場所が分かったんだよ。それ以外は、全く出てこないってどういうこと」
「最近はプライバシーも、しっかり保護されているからな。たまたまじゃないか」
「やっぱり、なーんか隠しているよね。ねえ、どこかのチームに入っていたとか、そういうことない?」
その質問に、心臓が嫌な音を立てた。しかし、顔には出さないように気をつける。ここで動揺しているのに気づかれたら、すぐにチームとの関係に結び付けられてしまう。
「いいや。俺はどこからどう見ても、普通の人間だ。何の面白みはない。調べるだけ時間の無駄さ」
「そうかなあ……まあ、そこまで言うのなら今は我慢してあげる。家の場所も分かったからね。一軒家なら、そうそう引っ越すことも出来ないでしょ」
そう言われると、逆に逃げてみたくなる。しかし弟のこともあるので、やっぱり無理だ。
「家に来られると迷惑だって考えないのか?」
「俺が来るのは嬉しいでしょ?」
ショックから回復したのか、そんな減らず口を叩き出したので、もう少しやり込めておくべきだったかもしれない。
「いや、まったく。むしろ迷惑だ。今日みたいに家の前で待たれたり、あんな大きな声を出されたりしたらな」
「あ、れは、ちょっと驚いただけで。待っていたのだって、いつ帰ってくるか分からなかったから」
うだうだと言っているが、本人も近所迷惑だった自覚はあるらしい。そこを攻めれば、付け入られずに済むかもしれない。
「あまり目立つ行動をすると、警察に通報されるんじゃないか。それは困るよな?」
チームに所属しているのだから、今もマークされているはずだ。そんな時に通報されれば、鬼の首を取ったようにチクチクと攻撃を受けること間違いなしである。自分がその立場だったら絶対に避けたい。
「そう、だけど……警察に通報するの?」
「それは、お前の態度によるな」
「脅しかな?」
「脅しじゃない。お互いに納得出来る結論を選びたいだけだ」
ここで全てを受け入れれば、絶対にトラブルになる未来しか見えない。家には太一も遊びに来るのだ。事前に連絡してくるとはいえ、いつかは会ってしまう。そうなれば、一瞬で戦場に変わることは間違いなし。喧嘩するのは勝手だが、迷惑がかかるのだけは許さない。
今日みたいに気ままに来られるのは困る。警察の名をちらつかせると、やはり苦い思いをしているらしく顔をしかめた。
「そう言っておいて、どうせ二度と顔を見せるなって命令するんでしょ。それは嫌だよ。本当はここに住みたいぐらいだから」
「……どうしてそんなに俺に懐いたんだ」
「うーん。なんとなく?」
「なんとなくって……それでいいのか?」
警戒心が無さすぎるのではないか。もうチームから抜けた身だが、これで俺が悪いことに利用したらどうするのか。
危機感がどうしているのかと聞きたいけど、俺が注意することではない。
「来る頻度を、もう少し考えてくれ。毎日は困る」
「えー。それなら、週五」
「ほぼ毎日じゃねえか。年一」
「それは絶対に嫌だ! せめて週三」
「半年に一回」
「やだやだ。週一」
「二週間に一回。これ以上は妥協できない。嫌だって言うのなら、もう二度と家の中に入れることはないな」
「…………分かった。二週に一回で我慢する……」
よし、作戦通りだ。元々二週間に一度でおさめるつもりだったが、最初にその条件を提示すると不満が出るかもしれない。そう考えて、あえて最初に厳しい条件を伝えた。そこから段々と緩くしていき、渋々みたいに目標としていた条件で納得させる。
こういうやり方もある。そして上手くいった。二週間に一度を受け入れ、不満は無さそうだ。
「あと、来る前には絶対に連絡しろよ。もし連絡せずに来たら、家に入れないからな」
「……はーい」
これで、太一と出会うリスクも減った。連絡先を交換するのはどうなのかという気もするけど、それは仕方の無い犠牲だと受け入れるしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます