第12話 誤解される





 家の中に引きずり込むと、俺は弟に手を洗うように促した。静かにという約束を守ったまま頷いた弟は、洗面所に一直線に向かう。


「転ばないように気をつけろよ。あと、もうお話していいから」


「うんっ!」


 その後ろ姿に声をかければ、少しスピードを緩めた。きちんと言うことがきけていい子だ。自然と頬が緩むと、隣から強い視線を感じた。


「……なんだ」


 信じられないものを見る目を向けてくるので、さすがに触れないわけにもいかなかった。


「別に……随分と優しい顔をするんだなあって」


 何を当たり前のことを。思わず呆れてしまった。


「そりゃあ、大事だからな」


「ふーん」


 一体なんなんだ。全く興味のないふりをしておいて、弟がいなくなった方を見る目は鋭かった。人質にでも取る気か。簡単に、大事だと認めるべきではなかったか。いや言わなくても、いずれバレていただろうから言った方が早い。


「さっきも言ったけど、手を出すなよ。もし少しでも傷つけたら、俺はお前を一生許さないからな」


 もう一度、釘を刺すように忠告をする。しつこいぐらいがちょうどいいだろう。ただの脅しだと思われないために、殺気を強めた。もちろん、弟には気づかせない。

 俺の殺気に驚いたのか、うつむいてしまった。反抗されることも予想していたので、逆に何か企んでいるのではないかと警戒する。


「おい、聞いているのか」


 警戒しながら声をかければ、何かを小さな声でブツブツと言っている。とうとうおかしくなってしまったのか。


「……全然知らなかった。というか、子供なんて嘘だろ。だからあの時……」


 俺には声が聞き取れずに、別に重要なことは言っていないと流した。とりあえずいい子にしていた弟に、ご褒美のおやつをあげなくては。念入りに手洗いうがいをしてから、冷蔵庫を開けた。

 昨日作ったホットケーキが残っていたので、それに生クリームとチョコソースとバナナを簡単にトッピングする。チョコソースでクマを描いていると、隣でまた強い視線を感じた。


「何見ているんだよ」


「何それ」


 そう言ってさしたのは、クマの絵だ。


「ネコにしては太っているから、もしかしてブタ?」


「は?」


「ブタを描くなんて、どんなセンスしているの」


「……クマなんだけど」


「えっ、クマ?」


 クマと呟きながらも、首を傾げている。そこまでクマに見えないか。弟は喜んでくれるのに。


「にぃ、おててぴかぴか!」


「よしよし。ほら、昨日と同じだけどホットケーキにしようか」


「あっ! くまさん!」


 ほら、ちゃんとクマだと分かってくれる。どんなものだと視線を向ければ、引きつった顔をされた。


「ゆっくり食べろよ。ホットケーキは無くならないからな」


「うん! いただきまーす!」


 お皿をテーブルに置き、フォークを脇に並べる。目を輝かせた弟は、手を合わせて挨拶するとかぶりつき出す。大きな口を開けて食べると、弟は俺に顔を向けた。


「美味しいなら良かった。落ち着いて食べるんだぞ」


「ふぁいっ」


「こら。口にものを入れたまま話さない。そんな、お行儀の悪い子に育てた覚えはない」


 口の中に入れたものを飛ばさなかったにしても、話をするのは行儀が悪い。軽く怒れば、ちゃんと分かってくれて口を閉じて頷いた。

 その後は、詰め込みすぎないように気をつけてはいても、まるでリスみたいに頬張っているから可愛い。


「……何歳なの?」


 その姿を見守っていれば、静かに問いかけてきた。別に隠すことでもないので、俺は弟を見たまま答える。


「五歳だ。やんちゃ盛りだけど、言うことを聞く可愛い子でな」


 思わず褒め言葉を交えてしまったが、事実なので仕方ない。顔を緩ませないように気をつけても、デレデレだった。


「……別に」


 可愛いと言われてもムカつくが、可愛くないと言われるのも、それはそれでムカつく。これは戦争か。とりあえず一発殴るかと、物騒な考えが頭に浮かんだ時、急に奴の目に光るものがあった。

 泣いている。急にどうした。さすがに殴るのは、踏みとどまった。


「ど、どうした?」


「……どうしてそんな。どうして」


「どうしてと言われても。一体どうした?」


「どうしたもこうしたもない! 子供がいるなんて知らなかったんだけど!」


「いや。別に言うことでもないし……」


 弟がいると、わざわざ話すことでもない。しかも、一応あの時が初対面という設定なのに、そんなプライベートなことを教えはしないだろう。それで取り乱されても、こちらが困る。困りながらも言い返せば、きっと鋭く睨まれた。


「言うことだよ! どこの女と作った子供なの!?  誰だか教えて!」


「……………………は?」


 言葉を飲み込むまでに、だいぶ時間がかかった。そして弟のことを、俺の子供だと勘違いしていると、ようやく気がついた。

 いや、どんな勘違いだ。馬鹿か。弟とは言わなかったけど、子供だと考えるのもおかしい。もし本当なら、何歳の子供なんだ。

 ありえない勘違いに、頭が痛くなってきて眉間をおさえた。

 これは否定するべきか、それともウヤムヤにしてやるべきか、意地悪く頭の中で考えた。



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