第8話 新たに増えた連絡先
交換するつもりはなかった。むしろ、もう関わるつもりだってなかったのに。
俺のスマホには、最近新たに二件の連絡先が増えた。
「……あいつ、蓮司って名前なんだな」
太一の時と同じような感想を言いながら、俺は一応ここ数ヶ月の行動を反省していた。関わらないと決めていたのに、ここ短期間で連絡先まで交換してしまっている。
自分でも何がしたいのか。これでは、なんのためにチームから抜けたのか分からない。もう少し気を引きしめる必要がありそうだ。知っている人に会っても、近づく前に逃げる。そう決めた。
……まあでも、もう知り合った二人は遠ざけるのも可哀想だ。二人とは、これからもほどほどの関係を築いておこう。
「探し人はどうだ? 見つかったか?」
「……まだ見つからない」
「そうか」
今日も暇なのか遊びに来た太一は、弟と一緒にアニメを観ていた。日曜昼定番のヒーローもので、二人ともテレビに釘付けだ。コマーシャルの合間に質問をしたのだが、返ってきた答えは芳しくないものだった。
「もう、国外とかに出たのかも……今はツテを使って、出国者を調べている」
「ツテって……凄いな。普通調べられないんじゃないか?」
「そういうのが得意な奴もいるんです」
誰だかは分かった。確かにあいつなら、人探しも得意そうだ。しかし、それでもまだ見つからないのは、相手の方が一枚上手なのか。本気で見つかりたくないのか。そうだとしても時間の問題だろう。
「見つかったら、どうするんだ?」
まだコマーシャルなので、さらに質問を重ねる。俺の質問に、しばらくの間何も言わなかった。ただこちらをじっと見つめ、考えているようだった。
「……まずは、どうしていなくなったのか聞きたい。俺達を捨てたのか、それとも何か理由があったのか」
「その答えに納得いかなかったら?」
太一はまた黙った。その表情は暗い。底の知れない暗さだった。
「たいちくん、はじまったよ!」
「分かった」
そして答えを言う前に、コマーシャルが終わってしまい、弟が呼んだのもありうやむやなままで流れた。しかし、あの顔を見ただけで分かる。
見つかるまでの時間が長引けば長引くほど、執着がどんどん大きくなっていく。早めに見つかった方がいいんじゃないか。誰だか知らないが、そう忠告したい。
その人が絡まなければ、普通なんだけどな。テレビを観ている後ろ姿を眺めながら、俺は頬杖をつく。
弟の前では危ないところを見せないし、今のところは許しているけど、悪影響を及ぼすようだったらどうにかしないと。仲良くはしていても、いつでも切り捨てられる。弟の方に重きを置いているからだ。
蓮司も、今のところは図書館で会うだけだから許している。連絡先を交換して、俺が図書館に行く時は先に伝える。そうすると俺が着く頃に合わせて、向こうも来るようになった。
会って何をするのかというと、ただ話をするだけだ。もっぱら探し人に対することで、未だに見つからない苛立ちを聞くと言った感じである。ストレスを解消しないと、溜め込んで爆発しそうで危ないからだ。
「何も手がかりがないっておかしくないか?」
「そうですね。随分と真剣に探しているみたいなのに、どうしてでしょう。その人は忍者か何かですか?」
「違うって言いたいところだが、自信がなくなってきた」
そう言ってため息を吐き、机に突っ伏したまま動かなくなった。人差し指でつついてみるが、全くピクリともしない。
「そうですねえ。今の探し方で手がかりさえも見つからないのであれば、違った方法を試してみるのもいいかもしれませんよ」
「違った方法?」
「うーん、例えばその人が話していたことの中に手がかりがあるかもしれませんよ?」
「話していたこと」
「どんなささいなことでもいいです。むしろささいなことに、重要なヒントが隠されている可能性があります」
いくら隠そうとしても、完璧に隠し通すのは難しい。人は必ずしもミスを犯す。ささいな一言から、たくさんの情報を得られることもある。
なにか思い当たる節があったのか、蓮司は真剣な顔で考え始めた。ヒントを出せば見つかる時間も短縮される。逃げていたとしたら申し訳ないが、俺としては一度話し合うべきだと思った。
お互いに、なにか誤解をしているかもしれない。もしそうでなかった場合は、あとでいくらでも謝罪する。
「……助かった。あんたの言った通り、少し違った方法で探してみるよ。もし見つかったら、必ずお礼をする」
「別にお礼なんて、まだ見つかるとも決まっていませんし。気にしないでください」
蓮司の凶悪ともいえる表情に、早まったかと思ったが、まあ本当に見つかるとは限らない。俺としては、どちらでも構わないが。
「なあ、そろそろ名前教えてくれないか?結構不便なんだけど」
「いいじゃないですか。俺達の関係はここだけのものですから。それに、最初に聞いた時はそれでいいと言っていたでしょう?」
「くそ、ミスった」
「このぐらいの距離がちょうどいいんですよ」
あまり、気を許すつもりはないのだから。
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