第7話 悩み事





「ある人がいなくなったんだ」


「ある人?」


「大事な人だ。大事すぎて、ただ傍にいることしか出来なかった」


 なるほど。片思いしていた相手がいなくなったのか。それは悩むのも無理ない。

 そうか。好きな人がいたのか。全く知らなかった。俺の知っている人ではないのだろう。

 少し寂しさはあるが、好きな人がいるのはいいことだ。しかし、その人が急にいなくなったのは心配である。


「どうしていなくなったんですか?」


「分からない。突然止めるって、そのまま姿を消した」


「それは……辛いですね」


「どこを探しても見つからないんだ。もしかしたら、もう遠くに行ったのかもな。俺達から逃げたのかもしれない」


 なんだか、太一と似たようなことを言っているな。もしかして同一人物なのだろうか。そんな人がいたなんて、全く知らなかった。二人が知っている人なら、俺が知っていてもおかしくなさそうなのに。


「もし、その人が本当に逃げていたとしたら、あなたはどうするんですか?」


「……もし、逃げていたとしたら……」


 これは、余計な質問だったかもしれない。相手のまとう空気が、一気に不穏なものに変わった。瞳孔も開いて、どう見ても危険人物といった感じである。


「その時は、なにがなんでも見つけ出して、一生逃げられないように閉じ込めておくしかないか」


 冗談に聞こえないし、おそらく冗談じゃない。まさかの監禁宣言に、俺は乾いた笑いをするしかなかった。どれだけ執着されているんだ、そいつは。


「相手の了承を得てからの方が、いいと思いますけど……」


 まだ見ぬ相手に同情しながらも、俺にできるのは軽い忠告だけだった。あとは自分でなんとかしてくれ。あくまでも他人事なので、そう届きもしない忠告を考えるしかない。


「えーっと、どんな人だったんですか?」


 人にここまで執着を向けられるなんて、そうそうないことだ。その人物に興味が湧いてくる。


「聞いてどうするんだ?」


「そうですね。俺の好奇心が満たされるだけなので、言いたくないのなら構いませんよ」


 情報をもらったからといって、それをどうこうするつもりは全くなかった。ただ、どんな人か気になっただけだ。

 俺が変なことに使うのではと警戒しているようだったが、その必要はないと分かったのか殺気がおさめられた。一々敏感で、物騒である。


「……とても強い人だ。今まで、あんなに強い人なんて見たことがないぐらいに。それに、戦い方がとても綺麗なんだ。護身術を習っていたからだと言っていたけど、あれは天性の才能だ」


 チームの人間か、それともまさか敵対チームの誰かか。知っている可能性が出てきて、テンションが上がる。


「本当、どうしていなくなったんだろう。あの人のいそうな場所を、かたっぱしから探し回っているけど、なんの痕跡もなくて。いないと分かっていても、まだ探していなかったここに来た」


 図書館にいたのは、探し人の延長か。見つからないから自己嫌悪に陥って、人を近づかせないオーラを出していたわけだ。

 つまり、もうここに来る理由はない。用がなければ今日で終わりだ。俺も安心して、これからも図書館を利用することが出来る。良かったと胸を撫で下ろしながら、最後ならば出血大サービスするかと考えた。


「きっと、その人は見つかりますよ。もしかしたら、あなたが探していることに気づいていないだけかもしれません。もう少し頑張ってみれば、道は開けますよ。絶対に」


 他人事だからこそ、こんな根拠の無い励ましができる。それにある程度満足してもらわないと、八つ当たりしてきそうだ。


「その人のこと、もっと教えてください。話しているうちに、なにかヒントになるようなことを思い出すかもしれませんから。俺も聞く時間はまだあります」


 スケジュールは時間に余裕を持っているので、話を聞いてからでも本を読む時間は残っているだろう。最悪、今日読めなくても仕方ない。こっちを解決するのが優先事項だ。


「強い人だって言っていましたけど、もしかしてなにかスポーツをやっているんですか?」


「俺の姿を見て、そう考えるのはおかしいよな」


 まあ、俺も分かっていてとぼけた。どう考えても不良という雰囲気なのに、スポーツと結びつけるのはおかしい。相手のツボに入ったようで、不機嫌そうな表情が緩んだ。


「あんた変な奴だな。今更だけど、俺が怖くないのか?」


「本当に今更ですね。まあ怖くないですよ。それよりも本が読めないことの方が怖いです」


 仕事が間に合わなかった時の意味で。やらかしたことは無いが、やらかした人は見たことがある。あれは凄かった。

 思い出して顔をしかめていると、面白そうに目を細めた。やりすぎたか。嫌な予感がする。


「あんた面白いな。また会いたい。連絡先教えてくれよ」


 嫌だと言えたら、どんなに良かっただろう。しかし、ここで断っても家までついてきそうだ。それなら、早めに諦めた方がいい。


「……はい」


 嫌そうなのが表情に出てしまった。しかし、向こうは気にした様子はなく、むしろ楽しげにスマホを出してきた。結局、関わる運命なのか。俺は諦めて、素直に言うことを聞いた。




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