第6話 また新たな人物
太一は、週に一回ぐらいの頻度で家に来るようになった。基本的に弟と遊んでいて、その後はホットココアを飲みながら話をするのが、お決まりの流れになっている。
俺との約束を守っているので、最近は怪我をしていない。それはいいことだ。
それについて、ご褒美が欲しそうな顔をしている。だから俺は、何をするべきか色々と考えて、今のところは頭を撫でていた。もっと他にもご褒美をあげるかと聞いたが、太一はこれでいいと言っている。無欲な男だ。
弟とは、こもりきりで遊んだおかげもあってか、元気よく幼稚園に行くようになった。元から嫌がっていたわけではないが、しばらくは俺が出かけても悲しまないだろう。
そういうわけで、公園以外の場所に久しぶりに行ってみることにした。行き先はすでに決まっている。図書館だ。
俺と図書館とは似合わないと思われそうだが、仕事で必要なのだ。近所の図書館は小さいので、電車に乗る必要はあるが少し遠くにある図書館に行く。そこそこの規模があって、欲しいと思う資料が揃っている。
弟を幼稚園に送った後、俺はその図書館に向かった。弟を迎えに行くまでの間に、調べ物を済ませておきたい。
急ぎ気味に移動をした俺は、図書館に辿り着くと、中に入ってすぐに自分が夢を見ているのかと錯覚した。
どうして、ここにこいつが?
俺以上に場所に合っていなくて、完全に周囲から浮いているし遠巻きにされている。
俺も知らないふりをしようとしたのだが、そいつが座っている席の近くに目的の本があった。その本のために来たようなものだから、取りに行かないと意味が無い。絶対に読んでおきたかった。
気づかれずに、なるべく遠くに回ろう。俺は一番いいルートを導き出して、そして忍び足で歩く。音を立てずに歩くのは慣れているから、なんとか大丈夫そうだ。本棚のところまで行き、目的の本を取り出すのにも成功した。後は戻るだけ。
慎重に慎重に歩いていた俺だったが、つい気の緩みが出てしまった。椅子につま先が当たったと自覚した時には、すでに手遅れだった。静かな室内だから、余計に大きな音が立った。
やらかしたと思われたのか、周囲がさらに静かになる。俺とそいつに注目が集まって、成り行きを見守る。
チクチクと視線が突き刺さった。一番強いのは、すぐ近くからだった。さすがに気づかないわけなかったか。
俺はため息を吐きたくなったが、何とか飲み込む。
「あーっと、申し訳ない」
とりあえず謝る。それで終わりにしようと、その場から立ち去ろうとしたのだが上手くはいかなかった。
「ちょっと待て」
俺に話しかけているんだよな。出来れば違う人が良かったのだが、近くにいるのは俺だけだ。
無視すると面倒になりそうなので、ゆっくりとそちらを見る。
「えーっと……俺、ですか?」
違うと言ってほしい。しかし目と目が合った。
「お前、ここで何をしているんだ?」
「何をしているって……本を探しに来たんですが……」
何を当たり前のことを。呆れをまじえて言えば、相手の眉間にしわが寄った。苛立っている。沸点の低い男だ。
「なんで、俺の視界に入った」
「そう言われましても。この本が必要だったので。ここは、あなたのものですか?」
俺も沸点が低い。つい皮肉を込めてしまった。
これは悪手だった。向こうがキレたのを、手に取るように感じた。
「てめぇ。ふざけてるのか」
「ふざけてないです。むしろあなたこそ、ここで何をしているんですか? 本を読まずに。ここは図書館です。暴れるつもりなら、出ていってくれませんか?」
「はあ!?」
こんな態度をとられるとは予想していなかったのか、呆気にとられている。俺も向こうの反応が新鮮だったので、遊びすぎてしまった。喧嘩になっても負けることはないが、図書館に出禁になるのは避けたい。
「あの。何かあったんですか。悩み事があるのなら、俺でよければ聞きますよ」
その顔は、少し前の太一によく似ていた。何かを悩んでいて、どうしようもなくて、どこかで鬱憤を果たしたいといった感じだ。
少しでも吐き出せれば、人に迷惑かけることもないだろう。ここに居座られると、俺が使うのに困る。
向こうが怒って殴りかかってくる前に、戦意を喪失させてしまおう。俺は目の前に座り、話を聞く体勢に入った。敵意がないと示すために、手のひらを見せつけている状態でだ。
「それで、どうしてそんなにイライラしているんですか?」
「……お前には関係ないだろう」
「確かに関係ないかもしれませんが、関係ない人の方が話しやすいこともありますよ」
俺だとバレないために、今まで一度も使ったことの無い丁寧な口調で話しかけ続ける。最初は訝しげにしていたが、俺がただ純粋に話を聞きたいだけだと分かると、話してもいいかと考えたようだ。
どうせ、後で口止めできるとでも思っているのだろう。俺のことを、完全に頭のおかしな一般人だと決めつけている。そう擬態しているのだから別に構わないが、危機管理が心配になってくる。
「俺は……」
まあ、吐き出すだけ吐き出させれば、後は関わる必要もないだろう。そう軽い気持ちで聞いていた。
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