第5話 仲良くなってみる





 何とか泣き止ませると、落ち着かせるためにホットココアを二人分淹れた。

 弟と太一の分だ。俺は甘いものはそこまで好きではないから、コーヒーにした。砂糖もミルクも入れずに飲んでいれば、信じられないものを見るような目を向けてくる。別にブラックコーヒーが飲めるのは、普通のことなのに面白い反応をする。


「落ち着いたか?」


 まだ目は赤いが、ホットココアのおかげもあり、しばらくは泣き止んでいてくれるだろう。頭を撫でるために手を伸ばせば、嫌がらずに目を細めた。犬を手なずけた気分だ。口にはしないがちょろい。ちょろすぎる。心配になってきた。


「……わるい。とりみだした」


 ずびっと鼻を鳴らすと、ココアを飲む。弟と並んでいると、兄弟に見えてくる。兄の座は絶対に譲るつもりはないが。


「その大事な人がいなくなったから、無茶な喧嘩をしたのか?」


「もう、何もかもがどうでも良くなったんだ。あの人がいないのに、楽しいことなんか何もない。どうでもいいんだ。俺のことなんか。あの人がいないんだから」


「随分と好きなんだな。そんなに凄い人なのか?」


「凄いに決まっているだろ! あの人は伝説なんだ! 強くて格好よくて綺麗で凄くて、こんな言葉じゃ足りないぐらい素晴らしい人なんだよ!」


「そ、そうか」


 そんなに凄い人がいたのか。全く知らなかった。俺はただ聞いていることしかできなくて、とりあえず頷いておく。


「にぃもかっこいいよ!」


「いや、比べ物にならないぐらいだからな」


「すごいもん!」


「わ、分かった分かった。……まあ、確かに雰囲気とかは似ているところがあるかもな。ちょっとだけだ。ちょっとだけ」


「ね!」


 弟は自分の主張が受け入れられたから、嬉しそうに胸を張っている。俺が弟を大好きなのと同じぐらい、弟は俺のことが大好きだ。俺のことを、テレビに出てくるヒーローと同じぐらい強いと思ってくれている。その期待に応えるために、鍛えたというわけだ。

 弟に押し切られて認めさせられた太一は、俺の方を見てモニョモニョと口を動かし始めた。俺が知らないだけで、意味のある行動なのだろうか。


「あ、あのさ」


 すぐに本題に入らない。そんなに言いづらいことか。急かすと余計に焦りそうだから、言えるまで待ってみる。


「……あ、ありがとう」


 お礼を言うために、変な行動をとっていたらしい。きちんと言えるのは偉い。俺はまた頭を撫でる。


「気にするな」


 知り合いだったから、見て見ぬふりふりができなかっただけ。ただそれだけである。お礼を言われるほどのことはしていない。


「……また、来てもいいか?」


 頭を撫でていれば、うつむいた太一がボソリと呟いた。本当に小さな声だったので、聞き逃すところだった。とてつもなく不安そうな顔をしていて、断られると思っているのかものすごく暗い。

 面倒事に巻き込まれたくないのなら、ここは断るべきだ。断れば、きっともう関わってこなくなるだろう。

 しかし、今にも泣きそうな顔を見てしまったら駄目だった。それに、弟も俺をじっと見つめていた。あれは、お願いする時の目だ。そして、何をお願いしたいのかは分かりきっている。


 そこまで太一のことを気に入ったのか。人見知りはしない子だけど、一定の距離はとるのに珍しいこともある。それぐらい、太一に裏表がないのだ。子供だからこそ、敏感に読み取る。弟にまで気に入られたのなら、もう俺が断る理由はない。


「いつでも来ていい。連絡先を交換しておこう」


「いいのか?」


 受け入れたのに驚いたらしく、目を見開いて身を乗り出してきた。


「いいもなにも、連絡をとる手段がなかったら困るだろう」


 いくら在宅の仕事とはいえ、全く外に出ないとは限らない。むしろ今回が特殊だった。


「はるも幼稚園に行くことがあるし、予定は合わせた方がいい。随分と懐いているみたいだから、これからも仲良くやってくれ」


 太一なら、弟のいい遊び相手になってくれる。俺も、また無茶な喧嘩をしないか確認できるので、そちらの方が都合が良かった。


「いいのか? 俺、こんなんだし」


 そう言って、太一が自分の体を見る。彼が言いたいのは、自分の見た目だろう。確かに紫色の髪で、ピアスだらけの容姿は人を選ぶ。

 しかし俺にとっては、別にそれがどうしたといった感じである。人を見た目で判断はしない。


「大事なのは、はるが気に入ったかどうかだ。この子が好きなら、俺も邪険にする意味は無い。それで? 交換するのか? しないのか?」


「する!」


 それに元々仲間だったのだ。今更見た目で、どうこう言いはしない。むしろ太一は可愛い方である。出歩いていたら、絶対に職務質問をされそうな見た目の奴もいた。

 俺がスマホを差し出すと、向こうも慌ててスマホを取り出した。人と連絡先を交換するのがほとんどないので、少しもたついてしまった。しかし、なんとか交換することができた。


「遊びに来たい時には、連絡してくれ。予定が空いていれば、いつでも歓迎するから。その代わり、大きな怪我をしたら許さない。自分の体を大事にしろ」


「……分かった」


 説教くさくなったが、小さく頷いたのでもう余計な喧嘩はしなさそうだ。俺は満足すると、また太一の頭を撫でた。






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