第4話 向こうの事実
「……ん、んん……」
あれから一時間ほど経って、ようやく目を覚ます声が聞こえてきた。
「ねぼすけさんだねえ」
おやつを口いっぱいに頬張っていた弟が、きちんと飲み込んでから言ってくる。その意見には同意する。確かに遅い。
「……あ? ここどこだ!?」
遅いし騒がしい。急に叫び出したので、弟に大丈夫だという意味を込めて頭を撫でると、そっちに向かう。
「目が覚めたみたいだな」
「……誰だてめえ」
まるで野生動物みたいだ。威嚇している姿に、なんだか逆に可愛く見えてきて笑ってしまう。
「なんで笑うんだよ。お前なんなんだ。ここはどこだ!」
「そんなに一気に質問されても困る。俺はこの家の住人で、ここは俺の家。お前が倒れたから、そこから治療をするために運んできた」
ほとんど答えになっていない答えを言うと、馬鹿にされたと思ったのか怒り出した。そういうところも可愛い。前から舎弟感があったが、こうしてみると可愛くなってきた。もちろん、ペットとかそういう感じでだ。
「どうして、そんな怪我をしていたんだ。骨が折れたりしていないみたいだが、気持ちが悪いとか頭が痛いとかはないか?」
ざっと見て大丈夫だと判断したけど、内部までは分からない。頭を殴られでもしていたら、後で倒れたりするかもしれない。
「だ、大丈夫だっ。ち、近いっ」
目を覗き込みながら言えば、慌てながら後ずさりした。そこまで動けるのなら、大丈夫そうだ。良かった。こう見えても心配していた。
近いところに頭があったので、ついでとばかりに撫でる。そうすると顔が真っ赤になった。
「お、おま、なっ」
動きが忙しい。元気なのはいいが、そんなに動くと痛いだろう。案の定傷がひびいたのか、顔をしかめた。
「傷だらけなんだから、そんなに動くんじゃない。痛いんだろう。そのまま、ゆっくり横になっていろ」
「いやだ。こんなところで休んでいられるか。俺は行く」
自分の状況を思い出したのか、慌てて立ち上がろうとしたので作戦を実行させてもらう。
「にぃ。おにーさん、おきたの?」
俺が手で合図をすれば、弟がトコトコと歩いてくる。突然現れた子供に、ギョッと目を見開いた。
「なっ、子供!?」
「こどもじゃないよ。ぼくははる。よろしくね」
ちゃんと挨拶できて偉いな。そのまま、俺は介入することなく様子を見る。
「は、はる。よろしくな。えっと、俺は太一だ」
「たいちくん! あそぼ!」
「あ、あそぼ?」
「そう! ぼくとあそぼ!」
「あーっと、俺は」
「……あそばないの?」
「ぐっ」
弟の可愛さに、誰でも屈するしかない。今回もそうだったようで、胸を押さえて悶えている。
俺はというと、太一という名前だったのかと考えていた。太一はチームのメンバーだった。後から入りたいと、俺に憧れていると言っていた。そういうところが可愛くて、お気に入りとして可愛がっていたのだが。今の姿は、野良犬みたいだ。
「ぼく、たいちくんとあそびたい。だめ?」
「ぐ」
「だめ?」
「俺は」
「だめなの?」
「わ、分かったから。そんな泣きそうな顔をするな!」
「やったあ!」
やはり弟に屈したか。まあ予想通りなので驚きはしない。弟に引き止めるように言っておいたが、きちんとその役目を全うしてくれたようだ。怪我をしているから激しい運動は控えてとも言ったから、静かに遊んでくれるだろう。
「それじゃあ、おえかきしよう!」
「お、お絵描き? 俺が?」
「なにかく? うーんと、すきなひとにしようか!」
「す、好きな人?」
弟に振り回されている。しかし、ほのぼのという雰囲気が出ていた。見ていて微笑ましい。弟に紙とクレヨンを渡され、太一はしばらくの間固まっていた。
「どうしたの? かかないの?」
「はるくんは何を描いているんだ?」
「ぼく? ぼくはねえ、にぃ!」
「にぃ?」
「俺のことだ」
「へえ、そっか。好きな人……好きな人か」
「いないの?」
未だに描こうとしないから、弟が焦れて尋ねた。
「いや、いる……いるけど」
「いるけど?」
「……描けない」
うなだれたかと思えば、突然涙を流し始める。さすがにその反応は予想外だったので、俺も弟も驚く。
「だいじょうぶ? いたいいたいなの?」
「痛くない。……いや、痛いのか。ここが痛いんだ」
そう言って、胸を強く押さえた。
「ずっと痛くて。辛くて。心が空っぽで。何をしても満たされないんだ」
おえつまでこぼし始め、涙を拭うことなく泣き続けている。心の底から悲しんでいて、その姿を見ていると、こっちが辛くなってきた。弟も手を伸ばして、必死に痛いの痛いの飛んでけをしている。
「なにかあったのか?」
「……大事な人が、ずっと憧れていた人が、急にいなくなったんだ……どこを探してもいなくて、俺達は捨てられたって……そんなこと信じたくないのに」
必死に言葉を吐き出し、そして手で顔を覆った。
「どこに行ったんだ。見つけたら絶対に捕まえるって決めているのに、どこにもいないんだ。俺達を、俺を捨てたっ」
そこまで思っている人がいたのか。全然知らなかった。しかも、かなり感情が重そうだ。俺は背中をさすりながら、その人物に少しだけ同情した。
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