第3話 始まるトラブル





 入口に現れた男は、事故にでも遭ったのかと思うぐらいにボロボロだった。服は破け、全身に擦り傷があり、そして血がにじんでいた。明らかにトラブルに巻き込まれた様子だ。公園にいる人達は関わり合いたくないと、逃げの体勢に入っている。

 俺もいつもならば、弟を連れて知らないふりをしただろう。他人を助けるような優しさを持ち合わせていない。俺の優しさは全て弟のためにある。そして、弟の教育に悪いから公園から去っていたはずだ。

 しかし、その人物に見覚えがあった。しかもつい最近まで会っていた人だ。


 一体何があったんだ。軽傷ではない姿に、俺は呆れ混じりにため息を吐いた。このまま見て見ぬふりをするには、関係が深すぎた。


「にぃ。あのひと、いたいいたい?」


 弟も心配しているから、これはとりあえず話しかけるか。俺はまたため息を吐くと、入口の方に近づいた。

 一番痛むのか腹を押さえて立ち尽くす男は、近づく俺に訝しげな表情を向けた。そういう表情を向けられたのは初めてだ。

 何故かと考えて、俺に気づいていないからだとすぐに分かった。今まで会っていた時は、前髪をあげてはっきりと見えるようにしていた。それに、いつもマスクをして顔の半分が隠れていた。

 しかし現在の俺は、美容室にしばらく行っていなかったのもあり、全体的に髪が伸びて顔を隠している。だから気づかなかった。

 正体を明かすか少し迷って、説明するのが面倒くさいから止めた。それに今は関わりのない人だ。とりあえず怪我の確認だけして、問題なさそうだったら帰ろう。


「えーっと、怪我をしているみたいだけど大丈夫ですか?」


 どう話しかけたものかと、変な敬語になってしまった。弟はだっこしている。一人にさせたくないし、相手がなにかしてきたら対処できるようにだ。

 一応心配したのに、こちらを睨みつけてきた。


「か、んけいないだろ。とっとと失せろ」


 とりあえず元気そうだ。そんなふうに言えるなら大丈夫だろう。確認するという目的は達成した。失せろと言われたし、言う通り退散するか。


「分かった。病院行けよ」


 構っていたら時間の無駄だ。弟との時間が減ってしまう。せっかく公園に連れてきたのに、それでは可哀想だ。

 踵を返して公園に戻ろうとした俺の背後で、大きなものが落ちたような音がした。なんとなく予想ができたので、俺は一番大きな息を吐いた。


 音をした方を見れば、予想通りに先ほどまで睨んでいた男が倒れている。我慢していただけで、どうやら限界だったらしい。全く、辛いなら辛いと正直に言えば良かったんだ。


「にぃ。おにーさん、どうしたの? いたいいたいなの?」


 呆れていると、弟が自分まで痛そうな顔をして俺の服のすそを握ってきた。人の心配ができるなんて、とてもいい子だ。俺は頭を撫でると、倒れて動かない男に近づいた。




 最初は病院に連れていこうとしたのだが、経緯を説明するのが面倒で家に連れて帰ることにした。弟を抱っこしながらだったので、足を引きずってだ。マンションじゃなくて一軒家で良かった。エレベーターや階段は、さすがにビジュアル的にもまずかっただろう。運よく誰ともすれ違うことなく、家までたどり着くとリビングのソファに寝かせた。


 弟が手洗いうがいをしている間に、ざっと傷の確認をしていく。骨が折れたりはしていなさそうだが、殴られたあとや擦り傷が多い。リンチにでもあったか、それとも防御をせずにやけくそに喧嘩したのか。そこまで弱い奴じゃなかったはずだから、おそらく後者だろう。

 そんな戦い方をするタイプじゃないのに、一体何があったのだろう。それに、他の奴らはどうしているのか。気になることは多かったが、まずは手当を先にする。弟も元気に遊んで傷を作ることがあるから、家の救急箱には色々と揃っている。

 気絶しているので遠慮なく消毒して、痛みにうめく顔にデコピンをする。無茶なことをした罰だ。打撲のあとも、時間が経てば酷い色になるだろう。それに、俺の記憶の中よりも随分とくたびれている。どうして、こんな怪我をするまで暴れ回ったのか。目を覚ましたら、教えてくれるだろうか。


「にぃ、だいじょうぶ?」


 手洗いうがいを終えた弟が、俺の後ろから覗き込んでくる。俺はその体を支えて、もう一度様子を見た。

 まあ、死ぬほどの怪我では無さそうだ。ゆっくり休めば、すぐに回復できるだろう。休めばの話だが。


「口で言っても聞かなそうだな。……どうするか」


 向こうにとっては他人だから、俺の言うことを聞くとは限らない。むしろ、ここに連れてきたことすら文句を言われそうだ。

 目を覚ますまでに、この状況を打開する方法を考えておこう。


「おにーさんともあそぶ?」


「あー、それはなー」


 弟の言葉に、俺は否定をしようとして考え直す。そうか。そういうやり方もあるか。

 目を覚ました時が面白そうだ。弟に見せないのを気をつけながら、悪い笑みを浮かべた。


「そうだな。遊んでもらおうな。たーっぷりと」


 ここまで関わってしまったのだ。とことんまで関わっていくつもりである。

 俺の前で倒れたのを後悔すればいい。





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