第2話 今は弟が全て




 チームをやめてから、俺は弟に完全にべったりになった。俺の全てである弟に寂しい思いをさせてしまったのだ。これは大罪である。

 そうとはいえ、弟は性格も天使だ。俺がチームをやめて家にいるようになると、すぐに許してくれた。


「にぃがおうちにいるの。うれしいねぇ」


 ただただ、天使でしかない。可愛すぎて、俺が天に召されそうだった。もう絶対に悲しませない。

 幸いなことに仕事は在宅でも出来るから、家にずっといられる。一日のほとんどを弟のために使っていれば、あっという間に月日が経っていた。

 買い物もネットで済ませ、ほとんどというか一度も家から出なかった。弟は幼稚園に通っているのだが、俺と一緒に遊びたいということで家で過ごしていた。

 俺はこのままの生活で良かったのだが、あまりにも家から出ないのを親が心配した。特に弟の健康を。確かに遊びたいざかりなのに、外に連れ出さないのは良くない。俺と遊ぶのが楽しいと言ってくれたのを、うのみにしすぎた。外で遊びたいに決まっている。


 親の注意もあり、久しぶりに外に連れていくことにした。俺はいいのだ。元々、家にいる方が気楽だから。

 とにかく弟優先なので、まずは公園に来た。外で遊ぶのには公園が一番だろう。その考えは当たっていて、着いた途端に顔を輝かせた。これは、もっと早く連れてきてあげるべきだったと反省する。


「にぃ! いっぱい! あそぶの?」


「そうだぞー。好きなのぜーんぶ遊んでいいからなー」


 俺の言葉に、嬉しくてたまらないと跳ねる姿を目に焼き付けて、弟の手を引いた。好きなのをということで、選ばれたのはブランコだった。

 ブランコに乗った弟の後ろにまわり、その背中を優しく押す。振り落とされないように気をつけて押してあげると、どんどん勢いが増していく。高くなるたびに、弟はきゃっきゃと笑い声をあげた。


「にぃ! たかぁい!」


「そうだな、もうちょっとだけ高くするか! しっかり掴まってろよ!」


「うん!」


 弟の喜ぶ声は、俺の中にあるストレスを無くす。弟がいれば、世界は平和になりそうだ。顔が緩みそうになるが、あまりに締まりのない顔をしていると不審者だと通報されるかもしれない。今は前髪で隠しているが、ただでさえ目付きが悪く絡まれやすいのだから、誘拐犯と思われたら面倒くさい。

 幸い、俺と弟は初対面の人でも分かるぐらいに顔の系統が似ている。弟の方が天使だが。そういうわけで、親子に見られることが多いから助かっていた。似ていなかったら巻き起こる面倒を考えると、本当に良かった。


 今も公園には、遠巻きに俺と弟を観察している母親の姿がちらほらいた。弟が心の底から楽しんでいるので様子見で済んでいるが、少しでもおかしいと思われたら容赦なく警察を呼ばれそうだ。

 チームにいた頃、警察にはいつも目をつけられていた。まあ、いくら一般人には手を出さないとはいえ、喧嘩をしているのだから当たり前だ。その中でも特に俺にばかり執着してくる刑事が一人いて、いつもあしらうのに苦労していた。

 しつこかった姿を思い出してしまい、げんなりとなった。もうチームを抜けた身だから関わる機会は無くなるが、通報されてそいつが来たら大惨事だ。


「にぃ。どうしたの?」


 顔には出さなかったはずなのに、弟にはすぐに俺の気持ちがしずんだのがバレてしまった。心配そうに聞いてくるから、俺はブランコを押すのを止めて弟の体を抱き上げた。


「少し考え事をしていただけだから大丈夫」


「ほんとに?」


「本当だよ。さ、次は何をして遊びたい?」


「つぎはー、えーっとねー」


 心配はかけられない。もう関わることのない人間のことは忘れて、弟に全ての集中を向けなくては。抱き上げられたまま、次に何を遊ぶのか迷っている姿も愛らしい。


「今日は満足するまで遊ぶから、どれでも好きなものでいいよ」


「んーとね。にぃとおにごっこしたい!」


「鬼ごっこか」


 選ばれたのは、遊具じゃなくて俺だった。もうこのまま死んでもいい。いや、死んだら遊んであげられなくなるから生きる。

 可愛すぎて心臓が止まりかけたが、自力で回復すると名残惜しいが地面に下ろす。


「それじゃあ、どっちが鬼になる?」


「ぼく! にぃをつかまえるの!」


 天使に捕まるなら本望。鬼のつもりなのか、人差し指を立ててこめかみの辺りに当てている姿も可愛い。本人は怖がらせるつもりでやっていると分かっても、可愛いとしか思えない。可愛すぎて怖いぐらいだ。


「分かった。それじゃあ逃げるから捕まえてくれ。よーい、どんっ」


 最初から手加減していたらつまらないだろう。初めは捕まらないように逃げて、疲れそうになってきた頃合いでペースを落とす。それでも、手加減しているとバレるのは駄目だ。

 絶妙な力加減で、捕まったり捕まえたりと鬼ごっこを楽しんでいた。二人きりでつまらないと思われそうだけど、そんなことは全くない。弟も楽しそうだ。


「にぃ、まてー!」


 後ろから聞こえる声に、内心ではデレデレとしながら逃げていた時、公園にいた人達が急にざわめき出した。どこか一点を見て怯えている。

 どうしたのかと視線の先を見ると、そこには怪我をしてボロボロの人が立っていた。





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