俺が大事なのは弟だけ

瀬川

第1話 全ては可愛い弟のため





「あ。俺、今日でやめるから」


 その言葉と共に、俺は数年間ずっといた場所に別れを告げた。

 引き止められると思っていなかったから、誰の反応を見ることなく出ていった。あまりにも静かだったので、少しだけ寂しさを感じたが、元々後腐れの無い関係として始めたのだ。仕方がない。

 遠く離れた時に、俺が出ていった方向が騒がしくなったのは、多分気のせいだろう。





 俺の人生では、十歳以上年の離れた弟が全てだった。俺が中学生の時に、弟が産まれた。初めて会った瞬間、こんなにも可愛い存在がいるのかと感動した。

 ふくふくとしたほっぺ、つぶらな瞳、つんとした唇、俺が指で触れると握り返してくれた手。

 その全てを目の当たりにして、俺は弟ガチ勢になった。可愛い。この世におりてきてくれた天使。可愛すぎてたまらない。

 俺の命にかえてでも、絶対に守ってみせる。そう誓った。神にではなく弟にだ。



 それからの俺は、弟を中心にして生きてきた。何をするにも弟を優先して、弟が健やかに成長できるように色々なこともした。

 その中で特に力を入れたのは、街の治安改善だ。住んでいる地域は、お世辞にも治安がいいとは言えなかった。微妙に田舎だということもあり、昔ながらの不良が争いを繰り広げていたのだ。

 一体いつの時代なんだと呆れながらも、俺は考えた。このまま放置していたら、弟に悪影響を与えるのではないか。どんな道に進んでもいいが、怪我をするのだけは耐えられない。不良に何かをされた日になんか、俺が何をするか分からない。


 そういうわけで、考えに考えて統治することにした。弟が外に出るようになるまでに、治安を良くすればいいのだ。人に任せたらいつまでかかるか、思い通りにいくか分からない。それなら自分でやった方が早い。

 昔から護身術や格闘技を習っていたから、そこら辺のチンピラに負ける気はなかった。


 とりあえず決めてすぐに、街で喧嘩を売りまくった。思っていたよりも手応えがなくて、大体圧勝だった。不良と言いながらも、やんちゃの延長なのだろう。あまりにも最初は弱い人と当たりすぎて、逆に手加減するのが大変だったぐらいだ。


 そうしていくうちに俺の情報が広まったのか、立ち向かってくる人のレベルが上がってきた。骨のある人と戦うのは面白い。訴えられないレベルで戦意喪失させていけば、いつの間にか後ろについてくる。なんでついてくるのか聞くと、俺の強さに惚れたと言ってきた。特に害は無いので好きにさせていたら、そのうちチームが出来上がっていた。


 総長にまでまつりあげられ、そんながらではないと思ったけど、この方が目標を達成しやすいと考え直し、一応肩書きはもらった。チームが出来ると、俺の周りを幹部が固め、自然と長い時間を過ごすようになった。

 一緒に過ごす時間が長くなれば、それだけ知る機会も増える。話をするようになっていくうちに、心地いい空間になってもいた。

 話の合う同世代、最初の目的は治安を良くするためだったけど、ここまでの関係になるとは思ってもいなかった。


 チームが拡大するにつれて、街の治安は格段に良くなっていった。俺が一般人には手を出さないように、強く言い聞かせているからだ。もしそれを破ったのがバレたら、即刻チームから追い出す。言い訳は聞かない。

 この決まり事は厳しすぎるという声もあったが、そういうことを言った奴は問答無用で追い出した。一般人を巻き込んでもいいと考えるのは、かなり危険だ。いつか弟に害をなすかもしれない。すがりついてきた人間は何人もいたけど、俺は絶対に大目に見ることは無かった。


 俺達のチームで仕切っているところは、街の人から可愛がられるぐらいになった。一般人には絶対に手を出さないのを知り、若い頃のやんちゃは見守ろうといった感じだ。

 チームで活動している場所はいいが、それ以外の場所だとまだまだ危ないところがあった。俺達のチームと敵対している場所だ。

 俺達に勝負を挑んできて、返り討ちにしても諦めない。面倒なタイプが多かった。一般人も関係なしの人達がいる。そいつらが悩みの種でもあった。


 さてどうしたものかと悩んでいた頃に、俺の人生が変わることが起こった。弟が、俺の可愛い弟が、俺に向かって言ったのだ。


「にぃとずっとあそびたい!」


 チームでの活動をしながらも、俺は弟と遊ぶ時間は十分にとっていたつもりだった。弟を優先してきたつもりだったけど、それは俺の勘違いだったらしい。弟は、俺が家を出てチームのところにいるのを、随分と寂しがっていた。最初は俺にわがままを言いたくなくて我慢していたが、とうとう爆発してしまった。


 そんなことを言われれば、俺がやるのは一つである。弟との時間を作るために、チームに行くのを止めることだった。

 一応、街の治安は良くなった。心配なところもあるけど、俺が弟の近くにいて守ればいい。初めからそうしておけば良かったのだ。


 チームを作った時、去るもの追わずという話はしておいたので、俺が抜けるのは全く問題ない。


 そういう経緯があり、その日のうちにチームみんなに宣言して俺はやめた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る