薄紅

夕方、私達は馬頭琴に帰ってきた。


「お帰りなさいませ。おや‥‥」


一人増えた私達にシェイカー頭さんは作業の手を止めた。


「小鳥とともに、風見鶏も捕まえてきました」


ガスランプさんが悪戯っぽく言う。


「おやおや。さぁ、皆さんお待ちですよ」


‥‥そこツッコミは無しなのシェイカー頭さん。


「見つかったのか!」

「風見鶏殿?来ていたのか」


皆口々に声を上げる。


「小鳥は?」

「ここだよ」


風見鶏さんが言う。


あれからずっと鳥は彼の肩にとまっておとなしくしている。

時折彼の羽を突いたり鳴いたりはしても、逃げようとはしなかった。


「おいで」


白籠さんが手を差し出す。

しかし小鳥は応じない。


‥‥やっぱり。連れてくるだけじゃダメなんだ。


私はある仮説を立てていた。白籠さんの鳥が逃げてしまった理由。


‥‥白籠さん。


「はい?」


ガスランプさんから聞きました。白籠さんはある歌をよく歌っていて、この鳥もそれに合わせて歌うと。

実際、その歌を目印に私達はこの子を捕まえてきました。


「はい」


ガスランプさんは旋律しか知らない‥‥とおっしゃってました。でも、この歌には歌詞があります。

‥‥ご存知ですよね?


「‥‥それは」


‥‥これは推測‥‥なんですけど‥‥その歌を歌えば、小鳥は元に戻るんじゃないでしょうか。


「‥‥!」


あくまで推測です。でも‥‥小鳥が逃げてしまった理由は、これしか‥‥


「‥‥」


しばらく白籠さんは黙っていたが、意を決したように顔を上げ歌い始めた。


『愛しい愛しい愛しいあなた‥‥』





『愛しい愛しい愛しいあなた

今日はどこの海の上』


あの森で私は思い出したのだ。この歌が何なのか。


『時折手紙を寄越せども

写真はいつも風景ばかり』


これは昔テレビでやっていた人形劇の歌。


『愛しい愛しい愛しいあなた

今日はどこの山の上』


主人公のお姉さんが、旅商人の恋人を想って夜な夜なこの歌をうたうのだ。


『綺麗な紅葉は寄越せども

届く季節は雪の降る朝』


鳥は自分自身だと、白籠さんは言った。

彼女の心そのものだと、ガスランプさんは言った。


『愛しい愛しい愛しいあなた

今日はどこの空の下』


彼の側から離れない小鳥。


『返す手紙は綴れども

引き出しの奥に貯まるばかり』


小鳥はきっと、風見鶏さんを探すために籠から飛び出したのだ。


『愛しい愛しい愛しいあなた

お側に行くのはダメですか』


そうしてまで、会いたかったのだ。消える危険を犯してでも。


『文字の癖は覚えても

あなたのお声が恋しいのです』


‥‥なら、答えはひとつしかない。



『‥‥私の名前を呼ぶ声が』




「‥‥」


風見鶏さんが白籠さんに近づく。

いくら鈍い彼でも流石に気づいただろう。

彼女の前で膝を折り、手を差しだす。


「────」


彼女を呼ぶ声は聞き取れなかった。

きっと一般頭の私には発音する事も聞くことも出来ない、彼女の本当の名前。

白籠さんが彼の手に自分のそれを重ねる。すると。


‥‥ぽん。ぽぽぽん。ぽぽぽぽぽぽん!


‥‥!


白籠さんの籠の中で、花が咲いた。


ぽぽぽぽぽん。ぽぽぽん。


花の勢いは止まらない。あっという間に鳥籠の中は花で埋め尽くされ、ワイヤーの隙間からも零れ出す。


ぱら。ぱらり。


そしてその花弁がドレスに触れると、ドレスがまたたく間にその色に変わった。


──生成りから、薄紅色のそれに。


ドレスがすっかり染まり上がる頃には、部屋の中は甘い花の香りでいっぱいになった。


溢れだして止まらない、白籠さんの想いの香り────

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