ガスランプ
「先程の無礼、許してください」
店を出て少し経つと唐突にガスランプさんが謝ってきた。
えっ?なに?謝られるようなことありましたっけ?
「時計卿の事です。‥‥彼は白籠の事となると我を忘れてしまう」
あ、大丈夫です。全然全く気にしてません。
「ならばよかった」
ガスランプさんの顔がぼんやりと光った。安心したって事かしら。
それにしても、時計卿はよっぽど白籠さんが大事なんですね。
「そうですね。彼にとって白籠は娘のようなものですから。我々に血のつながりはありませんが‥‥」
ふーん‥‥
そういえば、白籠さんの小鳥ってどんな鳥なんですか?色とか、種類とか。
探してくれと頼まれたものの、全然特徴を聞いてなかった。
「‥‥それが」
ガスランプさんの明かりが心なしかどんよりとした色に。はて?
「‥‥定まらないのです」
‥‥えっ?
それはどういう‥‥
「白籠の話でもあったように‥‥あの小鳥は彼女そのもの。言うなれば彼女の心でもある。あなた方が毎日気分が変わるように、かの鳥もまた、毎日すがたかたちを変えるのです」
なるほど‥‥でもじゃあ、どうやって探したら‥‥
「‥‥白籠がよく歌っていた歌があります。小鳥は彼女が歌うとよく真似をして囀りました。ですから‥‥」
そっか!私達が歌えばもしかして‥‥
「はい。つられて歌い出すのではないかと‥‥」
で、その曲ってどんなのですか?
ガスランプさんはラララ、と歌い上げる。テノールの歌声は心地いい。
‥‥あれ?
「どうかしましたか?」
これって、確か歌詞がありましたよね?
「そうなんですか?白籠はいつもこうして旋律だけで、歌詞付きで歌っていたことはないのです」
うーんそっか‥‥私もしっかり覚えてないぐらいかなりすごく古い曲なので、仕方ないかもしれないですね。
「そうですか」
それから私達は小鳥が逃げたという方角に向かって、時折呼びかけるように歌いながら探した。
「‥‥これは」
ガスランプさんが困ったような声を出す。
ああ‥‥そうよね、鳥だもん‥‥
私も思わず呟いた。
二人でぼんやりと見上げた先にあったのは、森。
やっと歌に反応する鳥の声を見つけたと思ったら、森の入り口についてしまったのだ。
ちちちち、ピピピピピ。
その歌は確かにこの奥から聞こえる。
‥‥行くしかないですね。
「ええ。行きましょう」
あー、こうなるなら網でも持ってくればよかった!
私は背中にしょったリュックをチラリと見る。
この中には乙女のひみつ道具‥‥もとい、名前捕獲用の道具が入ってる。
‥‥とは言っても、ネモさんみたいな特殊な銃が入ってるわけじゃないけど。
念の為家からかき集めてきた『使えそうなもの』だ。‥‥でも今回は出番なさそう。
「この時期は森が深いですね。気を付けたほうがいいでしょう」
そう言ってガスランプさんが手を差し伸べてくる。
‥‥? えっと?
「つまづいて怪我でもしたら大変ですから。お手をどうぞ」
えっ?!いや、大丈夫です!そんな‥‥
「荷物も重そうですし。それに、こういう時に何もしないなんて男が廃ります」
‥‥そ、それじゃあ‥‥
私はそっとガスランプさんの手をとった。
異型頭の人たちって、みんなこんな感じなのかな‥‥?
私は喫茶店にいたシェイカー頭さんを思い出す。
彼もとても紳士的で、私を一人の立派な女性として扱った。
それが恥ずかしくて‥‥ちょっと、嬉しい。
ガスランプさんのエスコートで、私は森の奥へと進んでいく。
ちちちちち‥‥
声はすれども姿は見えず。
うーん、どうやって捕まえたらいいかなぁ。
「こんな時に風見鶏がいれば頼りになるのですが‥‥」
風見鶏‥‥というとやっぱり‥‥
「ええ、頭が風見鶏の、私達の仲間です。風変わりなやつでして。風の向くまま気の向くまま、旅を続けているのです」
鳥を捕まえるの上手なんですか?
「おそらく。彼の武勇伝は必見ですよ。白籠もいつも楽しみにしています」
へぇ‥‥ちょっと興味出てきた。
「いつもなら氷涼祭の頃に帰ってくるのですが‥‥今年はまだ姿を見せてませんね」
何かあったんでしょうか?
「わかりません。とにかく気まぐれですから」
ラララララ。
ピピピピピ。
小鳥を探す最中、ガスランプさんはぽつぽつと話をしてくれた。
馬頭琴は夜はバーになること。白籠さんはああ見えて意外とお転婆なこと。喫茶店にいた金魚鉢さんは実は作家で、しょっちゅう担当者から逃げまわっていること。
そういえば‥‥白籠さんは『鳥の名前が本当の名前』って言ってましたけど、白籠というのが本名ではないんですか?
「ああ‥‥私達の名前は一般頭の方々には発音出来ない事が多いのです。だから見たままの姿で呼んでいることが殆どです」
じゃああなたも‥‥
「ええ。でもガスランプで構いませんよ」
彼の明かりがほんのり優しく光った。人で言えば微笑んでくれた‥‥のかな?
ピピピピピ。
あっ!ガスランプさんあそこ!
鳥が!あそこに!あれが探してる白籠さんの鳥ですよね?
「ああ、間違いない!」
ピピピピピ。
あっ逃げた!待って!
「!! アズサさん!」
えっ?
ガラガラガラッ
きゃあっ!
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