白籠
喫茶馬頭琴。うん、間違いない。ここだ。
私は西区に来ていた。目の前には『喫茶馬頭琴』の看板。
やっぱり手っ取り早く役所に聞いてよかった。
わたしってば冴えてるぅ!
馬頭琴のある場所はちょっと裏路地に入ったぐらいで、そんなにややこしくはなかった。
ドアの前で深呼吸を一つ。
‥‥よし!
キィ、と控えめな音を立ててドアは開いた。
わ‥‥!
思わず声が出た。
店内はシックで落ち着いた雰囲気。
けして派手ではないけれど、繊細な彫刻の家具。
そしてチラホラといる異型頭の人々も、それらに調和するようなドレスやスーツの人ばかり。
素敵‥‥ヨーロッパのお城にでも迷い込んだみたい‥‥
「いらっしゃいませ」
カウンターのシェイカー頭さんの声で我に返った。
いけないいけない。お仕事だった。
こほん。
‥‥私は名前捜索事務所の橘梓と言います。ご連絡をいただいたので参りました。依頼人はどなたですか?
「おや‥‥
七篠様の事務所の方でしたか。まさかこんな可愛らしい方がいらっしゃるとは思いませんでした。こちらへどうぞ」
か、可愛らしい‥‥またまた、お上手ですね。
「私達はおべっかなどは言いませんよ。ああ、可愛らしいでは失礼でしたね。あなたは立派なレディだ」
そ、そーですか?
なんかここまで褒められるとどうしたらいいやらわからない‥‥
「皆様、名前捜索事務所の方をお連れしました」
通された部屋にいたのは異型頭さん数人。
ヒョロリとノッポの街灯頭さん。
鈍く光る金の時計頭さん。
書生スタイルの金魚鉢頭さん。
そして紅一点、鳥籠頭の女性が頭を下げた。
「お待ちしておりました」
依頼人というのは‥‥
「ええ、私です」
空っぽの鳥籠を傾げてその人は挨拶をした。
「私は白籠」
「私の鳥を、捕まえてきて欲しいのです」
上品なドレスと同じ生成りの鳥籠を揺らしながら彼女は私に訴えた。
落ち着いた、けれど切実な声色だった。
「私の鳥籠にいた、あの鳥を」
「既に小鳥がいなくなってから6時間19分31秒がたっている」
時計頭さんはポケットから出した懐中時計を確認しながら言った。
「引き受けるなら早して頂きたい」
「そんな言い方はよしたまえ。時計卿」
街灯のガスランプさんが私をかばう。
「しかし悠長にもしてられん。‥‥白籠」
時計頭さんが鳥籠の彼女に声をかける。
すると彼女はそっとドレスの裾をめくった。
こ、これは……!!
彼女の足は先端からうっすらと透けて、まるで硝子細工のようになっていた。
‥‥私の弟と同じ‥‥
昔、私の弟も名前が剥がれて体の一部がこんな風になった。
ただ、弟はその状態になった時意識もなくなっていたのだけれど。
「今ここにいる私は単なる鳥籠なのです。あなたがた一般頭の方には解りにくいかも知れませんが、あの鳥が私であり、あの鳥の名前こそ私の名前。お願いでございます。どうか逃げた私自身を、見つけ出して連れ帰ってくださいませ」
‥‥わかりました!任せてください!
大戦艦に乗ったつもりでどーんと!
「私が同行しましょう。君より高い所に手が届く」
ガスランプさんが名乗り出た。
「小生も行きたくはあるが‥‥」
金魚鉢頭さんが頬?を指で掻きながらいう。
「小生は派手な動きが苦手でしてな。おまけに中の金魚殿は鳥が‥‥あまり好きではない」
大丈夫です。お心遣いだけ頂いておきます。
こうして私とガスランプさんとの小鳥探しはスタートした。
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