第78話 悪役とメイドのお出かけ
雲雀とのお出かけ。
行き先は、事前に決めてある。
でもまあ最初は……。
「なぁなぁ雲雀! ここなんてどうだ? このアトラクションとか凄く楽しそうで——」
「はい、いいと思います」
「おっ、ここもいいな! この近くでフードフェスあるらしいぞ!」
「はい、いいと思います」
「あと……ここも!」
「いいと思います」
パンフレットやスマホで色々と調べる。
どこもお出かけ先の候補として悩ましいのだが……。
「あの……雲雀?」
「はい、なんでしょうか?」
雲雀と向き合う。
相変わらず真顔だが、綺麗に整った顔と瞳が俺を見据える。
……ちょっとドキッとしてしまった。
「その、俺ばっかり意見を言うのも悪いし……。雲雀はどこに行きたい?」
さっきから俺が気になったところを雲雀にも勧めている感じだから……もしかしたら雲雀が意見を言いにくいかもしれない。
そう思って聞いた。
「……」
雲雀はパンフレットや俺が持っているスマホの画面に視線を向けて……また俺の方を向いた。
「……私はこういうのはよく分かりません。あまり他人と遊びにいくということがなかったので」
「そ、そうかぁ」
雲雀の学生時代。
たまに聞く限り、あまりいい思い出はなかったみたいだ。
ゲームでも明かされていないし、俺もよく分からない。
でもそれは今は関係ない。
分からなくたっていい。
知らなくていい。
俺は……。
「じゃあ俺が、雲雀が遊んで楽しかったと思えるようにリードしないとな!」
「……」
俺はいつでもどこでも。雲雀といて楽しいしな。
「あっ、そうだ! こういうのはどうだ? 午前中は雲雀の行きたい場所。午後は俺の行きたい場所。お互いの行きたい場所を当日に発表するとか!」
「それは、ドッキリみたいものですか?」
「ドッキリってほどじゃないが……。お互いの行きたい場所やおすすめスポットを紹介し合うのもまた楽しいかなって思って」
「なるほど。いいですね」
思いつきで言ったが、我ながらいい考えでは?
「と言っても結局、行き先を絞るのに悩むよなぁ。行きたいところでもいいし……。久しぶりに行きたいところとかでもいいよなぁ」
「……そうですね。それなら私は——」
◇◇
「水族館って久しぶりくるなぁー」
「付き合っていただきありがとうございます」
「いえいえ。いいチョイスだと思うぞ」
最初にやってきたのは水族館。
雲雀のリクエストである。
2人分の入場チケットを入口付近の窓口で買う。
「高校生1人に大人1人で」
「は、はい。大人1人に高校生様ですね。そちらの女性の方。学生証は……」
受付のお姉さんが雲雀へ視線を向ける。
どうやら雲雀のことを高校生と思っているらしい。
俺は強面顔だし、身体付きも普通の高校生と比べていいし……どっちかというと雲雀の方が高校生って思うよな。
「俺が高校生です」
学生証を見せれば、受付のお姉さんは慌てて、
「大変失礼いたしましたっっっ」
「いえいえ」
「本日も通常運転ですね」
「どーも。雲雀ももう慣れただろ?」
「はい」
などと、軽く話しながら館内に入る。
館内は、結構暗いがその分、ライトアップされた魚たちが綺麗に見える。
泳いでいる魚の水槽を眺めているだけなのに……何故かずっとこうしていられるよなぁ。これが癒されるってことなんだろうなぁ。
「どこから行きますか?」
「ん? おお、そうだな」
いつの間にか雲雀の手元には館内の案内用のチラシが。
どこかに設置してあったのだろう。全然気づかなかった。
さすが雲雀。しっかりしている。
暗いので俺はチラシを覗き込むようにして見る。
「えーと、色んなエリアがあって……。クラゲの自然体アートやマンボウオンリーエリアに……。おっ、ジンベエザメの餌やりタイムっていうの、気になるなー」
「イルカのショーもあるそうですね」
「そうだなぁ。やっぱり水族館といえばイルカのショー見たいし……。イルカのショーが始まるまで、右からぐるっと見ていくってのはどうだ?」
「いいと思います。私もそう思ってましたから」
一通りの打ち合わせを小声で話して、お互いに小さく頷く。
それから色んな種類の魚を見ていく。
どれも綺麗だ。
次は……。
「おお、チンアナゴだ。チンアナゴを見るとアレを言いたくなるよなぁ」
某アニメのセリフとポーズを取りたくなるよな。
まあさすがにやらないけど。
「ここで豆知識でも披露しましょう」
「おお」
雲雀がイソギンチャクを尻目に言う。
「水族館の照明が暗いのはなぜだと思いますか?」
てっきりチンアナゴの豆知識と思ったらそっちか。
「そりゃ、魚が綺麗に見えるようにだったり……魚もお客さんもいい雰囲気を作るためなんじゃないのか?」
「それも正解ですが……。もう1つ。実は、魚側が私たち人間を見ないようにするためでもあります」
「ほう」
「水族館の水槽は特殊なガラスを使っているものが多く、光の反射の影響で魚側からは私たちは見えず、真っ黒になる仕様だそうです。そうすることで、魚たちが怯えて逃げることもありませんし、ストレスを抱えることもありません」
「なるほどな。つまり、俺の強面顔をいくら近づけようと、怖がらないと……」
ぐっ、と水槽に顔を近づけるも、チンアナゴたちはみんな同じ方向に顔を向けてのんびりとしている。
よく見れば、水流に乗ってくる小さなモノ。ご飯なのか? それを優雅に食べている。
「なんか怯えないのはそれはそれで……ムカつく」
「チンアナゴ相手に嫉妬するとは雄二様も子供ですね」
「いや、これ嫉妬じゃなくない?」
別に俺チンアナゴに恋してるわけじゃないし。
「嫉妬されるなら、まだ人間の方がいいわ」
「……そうですか」
まあ俺に嫉妬するやつなんかいないと思うが———
ドン。
「……っ」
「おっと」
突然、雲雀が俺の方へよろけた。
肩を掴み支える。
「大丈夫か?」
「すみません……。人とぶつかったようです」
「ちょっと混んできたみたいだなぁ……」
黒い影がモゾモゾ動いている。
休日とあり、親子連れやカップルが増えてきたのだろう。
賑わっているのはいいが、館内は暗いのではぐれたら大変だ。
「雲雀。俺が先を歩くから、後ろからついてきてくれ。俺の後ろにいれば、人にぶつかることもないだろうしな」
それに俺の大きな身体なら、暗くてもシルエットで目立つだろうし。
「けど、これからもっと人は多くなりそうだし……はぐれそうな時は俺の服とか好きなところを握っていていいからさ」
「分かりました」
俺が先に歩き、後から雲雀が歩き出す。
次は確か、サメとイワシの群れのコーナーで……。
……ぎゅっ。
雲雀が、握った。
はぐれないためにだろう。
しかし握ったのは、俺の服の裾でもなく、背中の服もなく……。
「……雲雀?」
「雄二様が好きなところを握っていろ、と言いましたので」
「確かに言ったが……。ここは意外だったな」
「……」
雲雀は無言だったが……ぎゅっ、と。握る手に力が入ったのを感じる。
雲雀は……俺の手を握っていた。
「まあはぐれないためだしな」
俺も握り返す。
柔らかくも、ちょっと温度が高めな手だった。
「………私だけですか。……緊張しているのは」
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