第77話 メイドのやり返し
お出かけ当日。
待ち合わせの場所の噴水広場に俺は着いた。
約束の時間は10時だが、遅れるのは嫌なので15分前に来た。
何故一緒に住んでいるのに待ち合わせという形にしたかというと……そっちの方がなんかいいなって感じで決まった。
あと雲雀は何やら用事があるようで、一足早く家を出た。それを済ませてからこちらに来るそうだ。
「つか、髪の毛スースするなぁ。切りすぎたかぁ?」
髪が崩れない程度ながらも、ついつい髪を触ってしまう。
耳にかかって伸び切った髪だったが……この際だから昨日バッサリ切って刈り上げショートにしてもらった。
横もちょっと刈り上げてもらった。
サッパリしたのはいいけど、慣れない髪型でちょっと落ち着かないんだよなぁ。
落ち着かない理由はそれだけではなく……。
『俺と、デートしてくれませんか?』
前から口約束はしていたものの……俺から誘った。
まあ雲雀には、誘い方は不評だったけど……。めっちゃ力強く手を握ってきたし、この言い方は封印だな。
今日は、雲雀とお出かけ。
そのことに変に緊張してしまっている……。
「……ふむ」
スマホを見たり、噴水広場にある時計を見たり……そんな無意味な動作を繰り返して雲雀の到着を待っていたけど……。
「あれ、雲雀来ないなぁ……」
普段の真面目な感じを見ていると、雲雀は時間に遅れるというより、早く来るイメージがあったが……。
まあ別に、気長に待つけど。
「そこのお兄さん」
「ん?」
後ろから声を掛けられた。凛とした綺麗な声色だ。
振り返れば……まず目についたのは、ショートカットの髪型。
それから小さな顔の整った輪郭に大きな鼻筋の通った鼻。
服装は、涼しげなノースリーブシャツとすらっと伸びた綺麗が足が映えるワイドパンツを履いている。
下は、歩きやすいフラットサンダル。
自身のモデル体型をこれでもかと活かしたファションの綺麗な女性がいた。
あれ、でもこの人って……。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「向こうの方でお兄さんの寝癖が気になったのでお声を掛けました」
「それは気になりますね……。えっ、どこ?」
朝ちゃんと鏡を見てセットしてきたつもりだったんだけど……。
「右側の……。そこではありません。私が直してもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
雲雀が……あっ、雲雀って言っちゃったよ。
いや、言っていいんだよ。待ち合わせている当人なんだから。
「少し屈んでもらえますか?」
「ああ。これくらいですか?」
「はい」
俺が少し屈めば、雲雀の手が俺の髪の毛に触れるのが分かった。
「……はい。これで大丈夫です」
「あ、ありがとう」
「はい。それで、お兄さんの好きな食べ物はなんですか?」
あっ、まだ続くんだこれ。
「えと……生姜焼きとか唐揚げ……王道系の料理は全部好きですね。むしろ嫌いな物がないです」
「そうですか。私も王道系の料理は好きです。作るのも得意です」
「いつもありがとうございます」
「いえいえ」
雲雀の作るご飯はめちゃくちゃ美味いんだよなぁ。
「いかがだったでしょうか? ナンパというものをやってみました」
相変わらずの真顔でそう告げた。
ナンパ、もう終わったのか。
もうちょっとなんかあるのかなと思って構えていたのに。
てか、ナンパというより寝癖を親切に直してくれて、日頃から料理を作ってくれているただのいい人なんだが。
「何故にナンパ?」
「普段やられているので、やり返そうと思いまして」
「俺に!?」
俺、雲雀をナンパしたことないんだけど!?
でもナンパのやり返し(?)相手なら俺の方が安心か。他の男だったらホイホイついていくからな。
「でもまあ人生初ナンパ、楽しませてもらったよ」
強面だし、今後ナンパされることなんてないだろう。
職質の方が声を掛けられそうだ。
「……ついて行きたくなりましたか?」
「っ」
表情はいつも通り真顔なのだが……。
ちょっと上目遣いで聞いてきたので、ドキッとした。
って、ちゃんと返事を出さないとな。
「雲雀。手を出してみて」
「? はい」
スッと。雲雀の綺麗な手が差し出された。日焼けを知らない綺麗な手をしている。
俺はその手の上に自分の手を置き……。
「今日はよろしくお願いします」
浅くお辞儀して、笑ってみせた。
「ナンパ成立! なーんてな」
「……」
「雲雀?」
「いえ。やり返し失敗だと思いまして」
「?」
「なんでもありません。それより、遅れてしまって申し訳ありません」
「ああ、いいよいいよ! 約束の時間の5分前だしな。それより雲雀……髪切った?」
やはり気になるのはそこ。
ポニーテールできるくらい長かった雲雀の髪が今ではショートカットになっていた。
髪がいつもと違うだけで、がらりと印象が変わる。
一瞬誰か分からなかったしな。
「雄二様が髪を切られていたので、私も切ろうと思いまして」
「なるほどな。人が髪を切っているとなんか自分も切りたくなるよなぁー」
俺もクラスメイトが髪を切っているの見て思ったし。
「もしかして朝遅れたのって美容室に行っていたから?」
「はい」
「そっか。じゃあ髪切りたて同士、お揃いみたいなもんだな!」
「……お揃い、ですか」
ボソッと呟けば、雲雀が無言になった。
「あの、違いなら違うって言ってもらっていいんだぞ……?」
なんか無言になられるとそれはそれで困る。
ツッコミされた方が嬉しい。
ああ、雲雀のあの妙にパワーワードなツッコミはご褒美だったのか……。
「一旦手を離していただいてもいいですか?」
「あっ、悪い」
まだ握ったままだったわ。
ぱっ、と離す。
「……」
雲雀が何やら自分の手を見ている。
俺、強く握ってないよ! 犬がお手ってするぐらいに優しく置いたよ!?
「ところで雄二様。この髪型はどうでしょうか? 大丈夫でしょうか?」
「ん? ああ、似合ってるよ。服との相性もバッチリだ!」
こんなありきたりの言葉しか出てこないのだが、なんだかんだ言ってこれ以外の言葉なんて必要ない気がする。
強いて言えば、髪型がショートカットになったからか、いつもより大人っぽく見える。化粧もちょっとしているのかな?
「ありがとうございます。雄二様も髪型。そして私服。似合っていますよ」
「おう、ありがとうな!」
俺のはお世辞なんだろうな。
私服も真面目に選んだとは言え、お世辞でも褒められるのは嬉しい。
「それじゃあ行くか。今から暑くなるらしいから、熱中症にも気をつけようぜ」
「そうですね。予防は大事ですね。……ね、ちゅう、しよう……の」
「その部分だけはゆっくり言わなくていいの!」
こうして俺と雲雀のお出かけが始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます