第76話 悪役は悪い人

「……」

「……」


 俺も雲雀も黙り込む。

 シーン、と。静寂が訪れる。


 俺は雲雀をお出かけに誘った。

 返事が気になるので黙って待っている。


「……」

「……?」


 あ、あれ? めちゃくちゃ返事を溜めるな? 

 てっきりすぐにOKしてくれると思っていたんだけど……。


「雄二様」

「は、はい!」


 雲雀が一歩、二歩と距離を詰めてきた。

 そして俺の差し出した手に、雲雀は自らの手を伸ばし————


 ぎゅっ。


「……」

「お、おう……」


 握手。

 これはお出かけしてもいいよ、というOKサインで———


「いだだだだだだだ!?」


 突然、手が締め付けられた。

 手に力を入れているのは、雲雀である。

 

「ひ、雲雀!?」

「……」


 無言で手を握り締めてくる!? 

 めちゃくちゃ痛いってほどじゃないし、多分配慮してるんだと思うけど……。でも、結構握力強いな!

 ナンパされた時に股間に蹴りを入れようとするくらいだからなんか納得だけど!


 しばらくして手は解放された。


「あの……雲雀?」


 雲雀は相変わらず真顔。だが、なんとなくちょっと不満そう?


「その誘い方は、誤解を受けるのでやめた方がいいかと」

「お、おう……?」

「その顔だと自分のおっしゃったことの事の重大さを分かっていないようですね」

「えと……俺の誘い方、なんか悪かったか? なんかこう、カッコよく誘いたかったんだけど……」

「そうですね。別の誘い方でも良かったと思いますよ。例えば……」


 おっ、雲雀から何やらお手本みたいなのを聞けそうな予感!


「私はメイドですので、『おら、メイド。行くぞ、おら』ぐらいでいいのではないでしょうか?」

「いや、ダサくね!? おらおら系で誘うのダサくない!? 俺の見た目とは合っているかもしれないけど!」


 まあ絶対、借金取りの人みたいになりそうだけど!


「てか、女性を誘うのに乱暴な誘い方なんてしないだろ? 雲雀みたいな美人ならなおさら……」

「………」

「雲雀?」

「いえ。なんでもありませんよ」

「おおう……。それで、その、お出かけの方は……?」


 まだちゃんとした返事を聞いてない。


 俺は雲雀を見れば、雲雀も俺の方をまっすぐ見つめて……。


「楽しみにしていますね」

「お、おう」


 今度は……OKだよな?  

 うん、雲雀とお出かけすることが決定!


「じゃあたくさん楽しい夏の思い出つくろうぜ!」


 いやー、楽しみだなぁー!


「それでどこに行かれるのですか? 日程は? 予算は? 交通手段は?」

「……あ」


 やべ……何も考えてなかった。


「その顔だと何も考えられてなかったのですね」

「ま、まあ……はい。何も考えてませんでした……」


 とにかく誘うって事で頭がいっぱいだったからな。

 というか、行く場所とか諸々全部決めてチケットを差し出す誘い方が一番カッコ良かったのでは! 


「予定を全く決めないで誘われるとは……よほど私とあんなことやこんなことをするのが楽しみだったのですね」

「なんか言い方が卑猥だな! まあでも、雲雀とまたお出かけするのが楽しみだったことは間違いないけど……」

「そうですか。……私もです」


 小さな声だったが、俺は聞き逃さなかった。

 こうして言葉でも素直になってくれるのは嬉しいよな。


「では少しでもスケジュールを決めましょう」

「そうだな。あっ、そういやクラスのやつがおすすめスポットみたいなのを話してたんだけど——」


 俺と雲雀はどこに出かけるか、一緒に決めるのであった。



◆◆


『俺と、デートしてくれませんか?』


 そうして差し伸べた手。


 私は一瞬耳を疑った。

 どう反応すればいいか、戸惑った。


 でも、とすぐに気づく。

 

 瞳と表情がやや緊張しつつも、優しげな雰囲気。

  

 またいつもの。特別な意味は含まれていない。優しさの一部に過ぎないものなのだろう。


 それでも差し出された手を断る理由がないので……私は握る。


 指先が触れ合う瞬間、微かな緊張と同時にほんのりと温かさを感じた。

 その手は大きく、力強さと同時に雄二様自身の優しさも伝えているようだった。

 

 ……なんてことを、私はあの時考えていた。


 その後、手を強く握ったのは……。


『その誘い方は、誤解を受けるのでやめた方がいいかと』

 

 私自身がほんの少し、誤解をしたのと……。


『俺と、デートしてくれませんか?』

 

 他人にも、その言葉を告げるのを想像して……なんだがモヤモヤしたから。

 

「なぁなぁ雲雀! ここなんてどうだ? このアトラクションとか凄く楽しそうで———」

 

 隣にいる雄二様は、まるで友達と話す時のようにワクワクした様子だ。


 この方は本当に変わった人だ。

 だって私は、今までそんなことしてもらったことはない。


『雄二様。私に対してそんなに気を使わなくとも……貴方の隣なら私はいつでも一緒にいたいですから』


 私らしくない発言が。

 私の本音になりつつある。


 そして雄二様は……無自覚に私の心を揺さぶる——悪い人。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る