第75話 悪役とメイドの約束

 夏休みはまだあるが、今日は一旦登校の日である。

 休みの途中で学校だとちょっと憂鬱だが、午前中で終わるからまだいいよな。


「おはよーっす! みんな久しぶり〜」

「お前っ、もう焼けすぎじゃねw」


「ねぇ〜。宿題全然やってないんだけど〜」

「わたしもわたしもっ。マジやばいから今日の午後集まらない?」


 教室に入れば、朝からクラスが賑やか。久々に会う友達同士、会話が弾んでいる様子だ。


 結斗たちはまだ登校していないようだな。ならそれまで俺はぼっちだ。


「ふぅ、クーラー涼しいなぁ……と」


 自分の席に座り、特にやることも無いのでクラスを見渡す。


 みんな……髪を切ったり、髪型を変えたり、雰囲気がちょっと変わっていたり……垢抜けた人が多い。

 夏を満喫している。もしくはこれから満喫する予定ですかぁ〜。

 

「そういや、髪切ってないなぁー」


 自分の髪の毛を指で摘む。  

 耳にかかっていて結構伸びている。


 笠島雄二に転生してから髪なんか切ったことなかったなぁ。というか、髪を切るというところに意識が向かなかった。

 

 馬乗りされて、体力がなくなるまでボコボコにされるバッドエンドを回避すべく、俺なりに色々考えて動いていたからなぁ。

 

 まあ結局、結斗とまひろとりいなという、メインの登場人物たちとガッツリ関わっている現状だが……いい感じに関係性を保てていると思う。

 それに、3人といるのはなんだかんだで楽しい。

 特に結斗とは親友と呼べるくらいの固い絆を結べそうだ!

 

 このまま何も起きず、平和に過ごせると———


「お、おはよう……笠島くん……っ」

「おはよう。……え?」


 やけに小さな声だったが、挨拶されたので反射的に返した。

 返したのが……結斗たちはまだ教室来ていないはず。

 なのに、俺の名前が呼ばれた。

 挨拶された。


 顔を上げれば……緊張した面持ちのクラスの女子がいた。


「えと……今、俺に挨拶した?」

「は、はいっ……」


 彼女は、コクコクと頷いた。


 まさかクラスメイトから挨拶されるとは思ってなかった……。 


『ねぇ、あの人どうする? 誘う?』

『……ほっとけよ。来たところで場の空気が悪くなるだけだ』

『でも実はそんなに悪いやつじゃないってことも……』


 入学式のあの日から。俺はクラスで浮いていた。

 強面な顔に加えて良くない噂流れていれば、そりゃ距離を置きたくなるけども……。

 あの時は結構悲しかったなぁ。

 でも今日はこうして、挨拶だけでもしてもらえて嬉しい。


 確かこの子の名前は……。


「前田さんだよね? 声掛けてくれてありがとうね」


 そう言って、怖がられないように柔らかい笑みを浮かべる。


「………」

「ん?」


 ……あ、あれ? 反応がない?

 前田さんは俺のことを棒立ちで見ているだけだ。


 え、まさか……俺怖がらせた!?


「ねぇ、アレ……」

「ねー……」


 なんかクラス全体の視線を感じる!?

 なんかごめんなさい!!


「お、おはよう笠島っ」

「お、おっす笠島ー。元気かぁ〜?」


 今度は男2人が声を掛けてきた。


「おはよう。ああ、元気だぜ」


「……なぁ」

「……だな」


 同じく笑みを浮かべて返せば、男2人は互いの顔を寄せ合いヒソヒソ……と。

 

「えと、なんだ? 話しかけてもらえるのは嬉しいが……みんなどうしたんだ?」


 何が起きているか分からず……首を傾げる。


 途端、クラスがシーンとなった。 

 だが、それも一瞬で——


「なんだよ! 思ったより良い奴じゃねーか!」

「まだちょと怖いけど……いい人寄りそうだよねっ」

「ねーねー。まひろさんやりいなちゃんと仲良いよねっ? 話聞かせて〜」

「結斗氏のお話もぜひ……!」


 俺の席にわぁぁぁとクラスメイトが集まってきた。


「なんだ、なんだ!?」


 さすがの俺も驚く。

 話しかけてくれるのは嬉しいが……それにしてもなんで話しかけられてるんだ?

 夏休み入る前だってみんな、俺から距離を取るような様子だったし……。


「はいはい。みんなそこまで。笠島くんが困っているよ」


 パンパンと手を叩く音と同時に、集まったクラスメイトたちが一瞬で大人しくなった。


 こんなことができるのは———


「笠島くん、今日は人気者だね。まあ私たちと関わっていたら、そろそろ誤解も解けるよね」

「そうそう。本当にヤバいやつだったら私たちの方から距離置いてるもん」

「雄二くんの魅力がついにみんなに伝わったんだね! やったっ」


「まひろさんとりいなさん! 結斗!」


 背後に気配を感じたと思えば、いつの間にか3人とも教室にきていた。


「雄二くんは接しやすくて一緒にいると凄く楽しから、みんなも仲良くしてね!」


 結斗がそう言えば、頷く生徒が数名。

 その中になんか、薄らと頬を赤くしている男子がいるのだが……? まあ気持ちは分からなくもない。


 というか、俺が今クラスメイトに話しかけられているのは、普段結斗やまひろやりいなのようなクラスの中心的存在と関わっていたから?

 そっか。目立っている人物と関わっていれば、自然と誤解が解けるのか……。


 なるほど……。

 誤解が解けた……。


「おや? 嬉しそうだね、笠島くん」

「そ、そりゃあ……なぁ!」


 今の俺、頬が緩んでるんだろうなぁ。

  

 結斗たちといるのも楽しいが……やっぱり、クラスメイトとも交流したかった! 


「おはようー! おお! 笠島の席が今は賑やかじゃねえか!? 俺も乗り込む!!」

「田嶋テンション高いな。落ち着け。笠島、おはよう」


 田嶋と里島まで登校してきて、俺の席はもう、人人人……。なんか、めちゃくちゃ凄いな。


 後から教室に入ってきた先生もそんな俺の周りの見て、驚いていた。


「夏休み明けはもっと関わろうぜ」

「またお話ししてねっ」


 そろそろ朝のホームルームが始まるので、俺の席に集まったクラスメイトたちが一斉に離れていく。


「お、おう……。ありがとうな!」


 俺は1人になった。 

 最初の頃は1人でも慣れていたが……やっぱり、みんなと一緒の方が楽しいよな!


 クラスメイトからの誤解も解けて、これから仲良く慣れそうだし……。


 あー、夏休み明けの学校生活が楽しみだなぁ!!



 


 学校は予定通り午前中で終わった。

 俺は自宅のマンションにいた。


「雄二様。何やらご機嫌ですね」

「そうか〜? ふふふふ」

「強面のお顔にさらに磨きがかかっていますよ」

「それ、遠回しにヤベェ奴って言ってないか!?」

「キンキンに冷えた麦茶です。どうぞ」

「ありがとう!!」


 ソファでくつろいでいると、雲雀が氷が入った麦茶を渡してくれた。

 うん、キンキンに冷えていて美味い!


「俺は夏休み後半になったけど、雲雀は夏休みの予定とかないのか?」

「ありません」

「そうかぁ……」


 聞いていてなんだが、この返しは予想していた。

 

 俺は麦茶をぐいっと一気飲み……。


「……」


 チラッと雲雀に視線を向ければ、キッチン周りを掃除していた。


 雲雀に予定がないということは……。

 予定を入れることができる。

 つまり、遊びに誘える。

 

 俺だって、を忘れているわけじゃない。


『いいや? 雲雀が素直になってきてくれて嬉しいよ、俺は。今度は遊園地やショッピングモール以上に、もっと楽しいところに行こうな』


 ショッピングのモールの時。


『雄二様。私に対してそんなに気を使わなくとも……貴方の隣なら私はいつでも一緒にいたいですから』

  

 そして、プールの時。


 俺は雲雀と一緒に出かける約束をした。

 約束っていうのはちょっと大袈裟かもしれないが……雲雀とまた出掛けたいと思っている。

 雲雀もそう思ってくれているはず。


 だからせっかくの夏休みに誘おうと思うのだが……。  


 な、なんだろうな。こう、いざ誘うぞ! と思うとちょっと緊張してしまう……。


 それに雲雀はなんたって……。


「………」


 俺は雲雀をじーっと見る。


 手入れの行き届いた肩まであるストレートの黒髪。小さな顔の整った輪郭に大きな目に鼻筋の通った鼻。桃色の唇。

 出るとこは出つつも、引き締まった体つき……。


 雲雀は言わずもがな美人である。

 美人を誘うのは誰だって緊張するもんだろ?

 今更意識してんのかだって? 

 意識するだろ!!


『放課後は私の時間ですよね』

『え、え?』

では行きましょうか」

『どこに!?』

『もちろん……放課後のお出かけですよ』


 そういや、雲雀の誘い方って割と強引だよな。  

 まあ俺は嬉しかったけど。


 なら俺も強引でもいいから……誘ってみるか? てか、誘わないとそもそも一緒に出掛けられないじゃん!


「雄二様どうされました?」

「あ、いや……」


 ずっと視線を向けていたことに気づいたのか、雲雀が顔を上げて俺を見る。

 

 あれ、これ……誘うチャンスじゃない?


 なんかそう思った。


「雲雀」

「はい」

 

 俺はソファから立ち上がり……雲雀の前に立つ。

 そんな俺を、雲雀は無表情で見ている。


 少し強引ながらも、それでいて……せっかくならかっこいい誘い方がいいよな。 

 うん、なんかカッコつけたい。

 何かいい言葉は———


「雄二様?」

  

 おっと。待たせてはいけないな。


 この時の俺は、午前中に嬉しいことがあってテンションが上がっていて……ちょっと調子に乗っていたに違いない。

 調子に乗るということは、普段は絶対やらないことをするということ。


 手を差し伸べて、俺は……。

 

「俺と、してくれませんか?」

 

 








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