第73話 「好きな人のためならばどんなことでも…」

「笠島くんといる時の結斗はまるで、新しいオモチャを買ってもらった時のようにキラキラしているよ」

「そうか?」


 結斗は……確かに俺が見る時はいつも笑顔で楽しそうではあるな。


「ふふ。自覚なしかい?」

「いや、自覚というか……まあ友達と一緒にいるのは楽しいってことじゃないのか?」


 俺もこの強面……笠島雄二という存在になってからしみじみ思う。

 見た目で勘違いするのは仕方ないにしても、見た目で勘違いされ続けられて孤独になるのは悲しい。

 結斗がいなかったら学校生活も、そして私生活も孤独感に満ち溢れていたかもしれない。何より、俺自身が暗くて陰湿な奴になっていたかもしれない。

 それくらい、友達という存在は大切なのだ。


「……結斗は友達としてだけの感情だけなのかな」

「え?」


 まひろが何かを呟いたが……視線をスッと逸らしたため、独り言のようなものだろう。

 それ以上は聞き返さないことした。


「それでどうだい? 今の件考えてくれる?」

 

 って、言われてもなぁ……。


「俺にドキドキを勉強させて欲しい……だっけ? 俺には……無理だと思うけど」


 逆に俺が知りたい。

 相手をドキドキさせる? なんてことが有言実行でできるのは選ばれた人間。それこそ、まひろのような美形の人達の特権であると思っている。


 俺は強面だし、第一悪役だしなぁ。ドキドキを教えるような立場じゃない。


「私の見る目が間違っていると?」

「……え?」


 まひろが何故か俺に一歩、近づいた。


「私だってただ呆然と日常を過ごしていたわけじゃないよ」


 まひろから微笑みがなくなり、真剣な表情になる。


「学校生活、林間学校、勉強会、ショッピングモールでのこと。そして、今も。結斗のことだけではなく……笠島くん。私は、君のことも見ていた」


 あのまひろにそう言われる。

 意外だ。

 俺なんか眼中にないと思っていた。


「笠島くんは、私たちにとってイレギュラーな存在だ」

「……っ」


 イレギュラー、という妙に真意をついたような言葉に、思わず顔が強張る。

 本来なら悪役の俺は、結斗、まひろやりいなとこうして遊びに行くほどの関係ではないから。


「私たちはそれぞれ、辛い経験をしてきた。どれぐらいの辛さだったとか、どれくらい苦しんだとかそういうのは関係ない。辛いと感じたら、それは今でも脳裏に過ぎる」


 私もそうさ。

 と、まひろの眉が下がる。


「その辛い過去を知らないのにも関わらず……君は私たちの辛い過去を、誰も触れようとしてこなかった過去を、和らげるように現れた」


 まひろは続ける。


「結斗。そして、りいなも。笠島くんと関わって過去なんて忘れさせるくらい、今は前を向いている。むしろ以前よりも楽しそうだ。林間学校のりいなの件については、改めてお礼を言うよ。ありがとう」

「お、おう……」


 まひろが一瞬だけ笑みを浮かべたと思えば、また真剣な顔に。


「笠島くんは人を魅了するものを持っているんだろうね。私も薄々は感じているが……明確に分かっているわけじゃない。だから、私に教えて欲しい」

「………」


 話が一旦途切れる。


 ドキドキ、と大まかに言われた時は驚いたが……どうやら人を魅了するためにはどうしたらいいか? という相談に近い気がする。

 

 でもやっぱり俺に言われてもなぁ、という感じ。

 何より、まひろが真剣に語っていることは対して、俺も分からないままの憶測で答えを出すわけにはいかない。


 いずれにしろ、俺は困っていた。


「分かっているよ。こんなこといきなり言われても困るよね」

「あ……うん、まあ……」


 誤魔化してもしょうがないので小さく頷く。


「困らせてすまない」

「あ、いや……。まあ話を聞くくらいは大丈夫だ」


 まひろがこんなことを俺に話してくるなんてな。

 それぐらい悩んでいることだろう。でもそれとは別で、焦りも見えるような……。


「でも、これだけは笠島くんに言おう。私は、好きな人のためならばどんなことだってやる。好きな人のためならば、誰かのにだってなるかもしれない」 


 その瞳は、真剣そのものであった。

 そして好きな人とは、結斗のことを指しているのだろう。

 

『笠島くんにもいつか好きな人ができると思うけど、その時に私の気持ちも分かるさ』

『好きな人ねぇ………』


 以前、ショッピングモールのカフェでまひろと交わした会話が頭を過ぎる。

 

 ゲームでまひろが結斗のことを好きなのは事前に知っている。

 けどこうしてゲームが現実になった今。画面越しとは違う、まひろが本当に結斗のことが好きだというのが第三者から見ても伝わる。


 でも好きな人のために、そこまでする気持ちは……今の俺には分からないな。


「………」

「………」


 俺とまひろの視線が再び合う。 

 お互い次は何を話すか。はたまた、どっちから言葉を発するか……。

 

 そんな無言の駆け引きがあった時。


「おーい笠島〜〜! まひろさーん! いたいた!!」

「「!?」」


 張り詰めた空気を壊すように、俺たちの名前を呼ぶ、田嶋の声が……。あ? 田嶋……?


「はぁ!? 田嶋!?」

「おう、俺だ! 2人ともなんでここに——」

「そりゃお前を探していたに決まっているだろうが!」

「え——あたっ」


 駆け足でこちらに来た田嶋の肩を軽く……いや、ちょっと強めに叩いた。


「今までどこにいたんだよっ」

「あ、あー……その〜〜……とりあえず本当にごめん! 心配掛けた!!」


 田嶋は手を合わせてぺこぺこ謝る。

 集合時間に遅れた理由は……どうやら言いたくなさそうなので、これ以上は言及しないけど。


「さぁ、みんな待っているから行こう」


 まひろがいつもの爽やかな笑みを浮かべた。


「田嶋くんは先に集合場所に行ってくれ。結斗とりいなも心配していただろうし。もちろん走って……ね?」

「は、はい!!」


 まひろがニコッ、と微笑めば、田嶋はすぐさま行った。怒られないように早歩きのもうちょっと早いバージョンくらいで。

 なんか、田嶋……ご主人様に従順な大型犬みたいだな。


「ふぅ。なんだか気が抜けてしまって続きは話せないね。この件は一旦保留にしてもらってもいいかな?」

「ああ、まあ……」

「ありがとう、笠島くん」


 先に行くね、とまひろは歩き始めた。


「………ふぅ」


 俺は不意に空を見上げた。

 雲ひとつない、快晴である。そんな空を見上げながらぼんやりと……思う。


 俺が悪役、笠島雄二に転生して大体半年ぐらいが経とうとしている。

 ちょっとした事件や驚きの展開はあったものの、派手な何かや劇的なことは起こっていない。

 あくまで日常の範囲ルート内の出来事で時が過ぎてきた。


「………」


 ふと、胸が妙にゾワっとした。

 ナニか……大きなことが動きだしそうな。そんな予感がした。


 それは、この夏……なのか。






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