第72話 王子様より悪役
私は昔、身体が弱かった。
激しい運動はおろか、酷い時には学校に通うこともままならない程だった。
そんな病弱な時期も今となっては少し辛かっただけの過去の話。今の私を見て、そんな過去があるとは家族以外誰も思わないだろう。
だからこそ……。
『まひろさんっ。またテストで1位だったよね! 凄いよ!!』
『まひろさん! また部活の助っ人で大活躍だったみたいだね! さすが〜』
中学の頃の私は、自分で言うのもなんだが愛想が良くて見た目のカッコ良さや振る舞い方が男女関係なく好まれて、学園中の人気者だった。
しかし、最初の頃の周りの羨望の眼差しは……。
『まひろさんって優しくてかっこよくて……もう全てが完璧だよね!!』
『まひろさんはもう、みんなの憧れだよ〜』
『私もまひろさんみたいな完璧人になりたいなぁ〜』
次第に私という人間に慣れはじめたのか、結果を出すたび当然の結果という反応になりつつあった。
それだけでは留まらず、私に勝手な理想まで押し付けるようになった。
健康な身体で勉強や運動が自由にできる喜び。それに結果が伴ってくればなお嬉しいし、楽しい。
そんな私の事なんて、過去を知らない周りには伝わらない。
わざわざ言う必要もない。
けど、周りの見る目が
そんな中……ただ1人だけは違った。
『まひろちゃんって凄いよね! でも無理はダメだよ? なんかあったら僕が協力するからっ』
その純粋な瞳に。
その温かな言葉に。
どれだけ励まされ、どれだけ嬉しかったことか。
だから私は、彼を手に入れるためにはどんなことも——
◆
——笠島くんからドキドキを勉強させてほしいんだ。
ほう、俺からドキドキを勉強……。
強面で悪役な俺からドキドキを勉強……。
「………」
しばらく考えたが、思い浮かんだのは聞き違いという可能性だ。
だから聞き返してみる。
「……はい?」
「聞こえなかった? じゃあもう一度言おう。笠島くん。君からドキドキを勉強させてほしいんだ」
「………」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「いや、なんで!?」
思わず大きな声でツッコむ。
だってそうだろ!? どう考えても、外見も内面も完璧なあのまひろが、俺にドキドキを勉強させてほしいとか……意味わからない事を頼む意味がわからない!!!
「どうやら説明を省きすぎたようだね。経緯を話すよ」
「お、おう?」
え、結局俺にドキドキを勉強させてほしいとやらは確定なの?
「最近の結斗は……どうも私にドキドキしてくれなくてね」
「はぁ、そうなのか……?」
てか、やっぱり結斗関連だったのか。
「私が甘い言葉をかけても、さりげなく身体を密着させても……少し驚くばかりで、以前のように顔を赤らめて可愛い反応は見せてくれないんだ……」
まひろは切実に悩んでいるとはがりに、顔を曇らせる。
『結斗は可愛いんだ。そう、世界一かわいいぃ♡』
そういえばこの王子様。以前、俺に林間学校で結斗の盗撮を頼むほどの入れ込み具合だったっけ?
結斗の可愛い反応が見れない=結斗がドキドキしてくれなくなった、ってことそうだな。
結斗がドキドキしてくれなくなったねぇ……。
『結斗』
『ゆいくーん♪』
『え、あ……まひろちゃん! りいなちゃん!?』
確かに、この世界に来て最初に結斗を見た時は、美人姉妹に何かされるたびに恥ずかしがっていた様子があった。
だが今はどうだろうか?
そういや、最近はまひろやりいな相手に大袈裟なリアクションをすることはなくなった気もする。
「結斗が私の行動に慣れた、というわけでなさそうなんだ」
「ほーん。その様子じゃ、原因は分かってそうだな」
「ああ。原因は……君だよ。笠島くん」
「……へ?」
……俺? いや、何もしてないですけど!??
ゲームの時の笠島雄二とは違って、俺は結斗をいじめたり、酷いことをしたりしてないけど!?
まさか知らずうちに地雷を踏んでいたのか!?
「何やら勘違いをしてそうな顔だね。原因という言葉がいけなかったね」
「え?」
「結斗が私よりも……私たちよりも、他に夢中になることができたから。多分その人以外にドキドキなんてしている暇はないんだね」
「はぁ……?」
まひろが独り言のように言ったと思えば。
「結斗が今、夢中になっているのは……笠島くん。君だよ」
まひろの微笑みは……いつもの爽やかな感じと違ったように見えた。
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