第71話 王子様はドキドキ不足らしい

「かき氷だけでいいのか?」

「うん」

「……そうか」


 俺とりいなは食べ物の売店が並ぶエリアの傍にある、飲食スペースで休憩していた。そろそろ昼の集合時間だしちょうどいいな。


「かき氷美味しいか?」

「まあまあ」

「そうか」


 で、りいなが食べているかき氷はというと……。


『……あとで何か奢ってもらうから』

『よ、喜んで……』


 ウォータースライダーの時、りいなのビキニが落ちそうになりそうなのを俺が押さえた結果、りいなのおっぱいをガッツリ鷲掴みにしてしまった。それのお詫びみたいなもんだ。

 

 もっと高価なものを奢らされると思っていたが、かき氷だけとは意外だな。


 しかし……。


「それ、流行ってるのか? かき氷にいろんな味のシロップかけるの」


 りいなのかき氷には色んな味のシロップがかけられており、になっていた。

 雲雀が食べていたかき氷も結構カラフルだったよな。女の子ってかき氷にいっぱいシロップかけるの、好きなのか?


「……いいじゃん、別に」

「まあ、そうだな」


 好みは人それぞれだしな。

 

 りいなは無言でかき氷をパクパク食べていく。途中、頭がキーンとしたのか、こでこを押さえる場面もあった。

 俺はというと、かき氷は雲雀と食べたので何も注文せず、周りを見たり、時よりかき氷を食べるりいなを見たりして、時間を潰していた。


「笠島」

「ん?」


 呼ばれたのでりいなを見れば、手に持っているかき氷は残り半分になっていた。


「これで私の胸を揉んだこと、無かったことにしてあげる」

「あ、あざっす……」


 今許してくれたんだな。

 いやぁ、良かった良かった。あんなエロゲみたいなハプニング、主人公だけで十分だもんな。


「………」

「どした? 俺の顔になんか付いてるか?」


 りいなが何やらじーっ、と俺のことを見てくる。


「……別に。なんでもない」

「そっか」


 なんでもないなら、それでいい。

 やっぱり胸を鷲掴みにしたの、許さないと言われないかちょっとヒヤッとしたけど。


 それにしても、りいなとは会話が続かないな。まあ話しかけたら一応は返してくれるし、これ以上は仲を深められないってところまできてるのかな。

 俺って悪役って要素無くしたら、ただのモブみたいなものだし。


「雄二くーん! りいなちゃ〜ん!」

「おっ、結斗! と、まひろさんおかえり」

  

 向かい側から、結斗とまひろが手を振ってこちらに来た。もう集合時間になったのか。


「雄二くんっ。無事水着見つかったんだね!」

「あ、ああ。まあな」


 そういや俺、水着忘れていて結斗たちに心配されていたんだったわ。届けてくれた雲雀に感謝だな。


「結斗は……その様子だと楽しんでるみたいだな」

「うんっ。プールでいっぱい遊んで、ウォータースライダーにはたくさん乗ったよ!」


 結斗の満面の笑み。毎回見ているが……なんか癒しになってくるよなぁ。

 

「ふーん。笠島くんとりいなは一緒に行動していたのかい?」


 まひろが何やら笑みを浮かべながら、俺とりいなを交互に見る。


「え、あっ……あー……。たまたま居合わせてなっ」

「そう。たまたま見つけて、ぼっちで可哀想だったから一緒にいてあげたの」

「そうなんだね」

「あはは……まあ」


 どっちかというと、りいなが水鉄砲で俺の顔面に水をかけてきて絡んできたけどな。話がややこしくなりそうだし、今はりいなに合わせよう。


「あっ、ゆいくんっ♪かき氷食べる?」

「あ、うん……!」

  

 りいなが俺なんかには見せることのない、ワントーン明るい声に小悪魔な笑顔を浮かべ、結斗に話しかける。


「じゃあ……はい、あーん♪」

「あ、あーん……」


 スムーズな流れであーんに持ち込んだ。

 見せつけてくれるな。さすが主人公とヒロイン。


 かき氷をすくったスプーンが今、口を開けて待つ結斗の元に——


「ん。甘くて美味しいね」

「ああっ!?」

「ま、まひろちゃん……!?」


 もう少しで結斗が食べようとしていたその直前で。まひろがりいなの腕を掴み自分の口に動かした。

 かき氷は、まひろが食べたのだ。


「ちょっとお姉ちゃん! ゆいくんへのあーん邪魔しないでよっ」

「まだ私が結斗を独占する時間だ。だから結斗へのあーんは、時間が経ってからしてもらわないと」

「時間ってもう経って……」


 りいながプール内にある大きな時計に目を移す。反射的に俺も時計を見る。

 その時、カチッと長い針が12時を差した。


「はい、じゃあ今からはりいなが結斗を独占する時間だね。お好きにどうぞ」

「30秒くらいに大目に見てよ! もう〜!」


 はは……結斗のことになると、この美人姉妹は相変わらずだなぁ。


「集合時間になったけど、みんな揃ったかな?」

 

 結斗が言う。


「今ここにいるのが俺、結斗、まひろさん、りいなさん……。うん、1人いないな」


 見かけないなとは思っていたけど。


「アイツでしょ。ほら……えと……」

「田嶋な」

「そう。なんちゃら嶋」

「田嶋な。覚えてあげろよ、りいなさんよ」

  

 一応クラスメイトだぞ。

 そういえば結斗と一緒にいるようになった時……。


『澄乃姉妹が俺と仲良くしたいって……ないないっ。それに2人は結斗に……その、結斗と仲良いじゃん。結斗しか興味ないじゃん』

『そんなことないと思うよ? だって、まひろちゃんとりいなちゃんが人の名前を覚えて、呼ぶなんて珍しいもん』


 的な会話をした覚えがある。

 りいなもまひろも、結斗以外の名前を覚えるの苦手っぽい。

 にしても、今日こうやって遊びに来ている1人なんだから帰るまでには覚えてほしいな。


「田嶋くん。どこかで迷子になってるのかな?」

「小さい子供じゃあるまいし、大丈夫だろ」


 迷ったら係員さんに場所を聞けばいいことだし。

 惚れっぽい田嶋のあの感じだと、綺麗なお姉さんに見惚れて追いかけているって方がまだ可能性があるような。


「一応探しには行った方がいいかもね」


 まひろが言う。

 確かにどっちみち探しに行った方がいいかもしれない。


 ここで会話が一旦途切れる。


 次の問題は、であるから。

 

 俺、結斗、まひろ、りいなとなったら……必然的に俺が探しにいくことになりそうだな。


 何故なら美人姉妹が結斗を置いて探しにいくはずが———


「じゃあで探しに行くよ」

「え」


 まひろがいきなりそんなことを言い出した。


「まひろちゃんと雄二くんが行くの? なら僕も……」

「結斗、ダメだよ。今いない彼が入れ違いでここに来る可能性だってあるからね。それに、りいなを1人にする訳にはいけないだろう?」

「そ、そうだね……! りいなちゃん可愛いから今朝みたいにナンパされちゃうかもだし」

「ゆいくんに可愛いって言われたっ。嬉しいな〜」


 りいな、満面の笑み。

 結斗にはほんと、チョロいな。


「ということで、私と笠島くんで行こうと思うんだけど……笠島くんもそれでいいかい?」

「ま、まあ。いいけど」


 俺は元々探しに行く感じだったしな。







「さて、笠島くん」

「どうした、まひろさん?」


 結斗とりいなと別れ、早速田嶋を見つけにいくか、というところで。突然、まひろの足が止まった。


「私が君と一緒に行動しようと思ったのには、彼……田嶋くんを探すのともう一つ理由があってね」

「あー……、やっぱり裏がある感じ?」


 じゃなきゃ、まひろが結斗の元から離れてわざわざ俺と2人っきりになるはずがないよな。


「ふふ、裏とは物騒な言い方だね。彼を探しながら話を聞いてくれる感じでいいんだ」


 と、まひろは歩き出した。

 俺も話を聞くために歩幅を合わせて隣を歩く。


「その様子だとお悩み系か?」

「さすが笠島くん。鋭い」

「どうも」


 まひろが俺に話しかけるって言ったらそれ系だと思った。そして……絶対、結斗が絡んでくると思う。


「じゃあ簡潔に言うね」

「ど、どうぞ」

「最近——

「ほ、ほう?」

「私は

「ほう」

「だから……」

  

 ここで一拍空く。次の言葉が重要なことっぽいな。


「——笠島くんからドキドキを勉強させてほしいんだ」









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