第67話 「貴方の隣なら私はいつでも」
私は、感情をうまく表せない。
嬉しいも悲しいも楽しいも……全部真顔だった。
表情というのは、言葉と同等くらい大切なコミニュケーション能力。それが欠けていれば、悪い印象を抱く。
第一印象が悪いと、相手の「悪いところ」を探すようになってしまい、逆に良い印象だと「良いところ」を無意識に探すようになる傾向がある、と本で読んだことがある。
『いやー、雲雀さんって話せば返してくれるけどさぁ……いつも真顔なんだよなぁ』
『いくら美人で優秀でも、反応ないとなんか……つまんないよねぇ』
『ちょっと笑ってくれればこっちも接しやすいんだけどなぁ』
『高嶺の花だし、そもそも仲良くなるのもおこがましいけどさ……』
本で知ったところで現状はどうにもならない。
私は、表情を作ることさえ苦手なのだ。笑顔の練習をしたって逆に作り物っぽいと言われ逆効果。
小さい頃から周りには気味悪がられ、理解されなくて、孤立していた。
そんな状況に対して、私は「自分はこういう人間だがら仕方ない」と開き直ることを選んだ。我慢するしかなかった。
高校でも大学でもそうだった。
そしてこれからも……。
でも違った。
『ねぇ雲雀ー。お姉ちゃんのスポンサーにねー、笠島っていう大企業の社長さんがいるんだけど〜』
期待も変化も何もない日常に。少し騒がしくも、私の心の支えだった姉との会話の中に、
『その笠島さんがねー、なんでもメイドを1人募集しているらしいのよー。一人息子が高校入学を機に一人暮らしをするから、監視役と世話役として1人必要みたい。雲雀。良かったやってみない? 辛かったり、合わなかったら辞めればいいからさ〜」
とても変わった人との、出会いのきっかけがあった。
◆
最近は……笑みが漏れるようになった気がする。
作り物の笑顔じゃない。
満面の笑みでもない。
それでも。ふとした瞬間や時には心の底から。微妙ながらも自然な笑みが漏れる。
その相手は……。
「雲雀はもう帰っちゃうのかぁ」
雄二様が残念そうな声を上げる。
「はい。私は帰ります。早く皆さんの元へ戻らないと心配しますよ」
「ああ、そうだな——」
「もしかして警察に連行されたかもしれないと」
「いや、警察はいいすぎ……でもないかも……。雲雀が来てくれなかったら俺、小学生用の水着履こうとしてたなぁ……」
真面目な顔になるあたり、冗談ではなく本気で履こうとしていたのだろう。忘れ物の水着にすぐ気づいて良かったと思う。
「でもなぁ……」
雄二様がまだ何かいいたそうに口をモゴモゴさせている。
おそらく、水着を届けるためにわざわざ来てもらって帰らせるという状況になってしまって申し訳ない……。という気持ちからだろう。
「雄二様は本当に変わった人ですよね」
「え? 変って意味?」
そう、雄二様は変わった人。
雄二様には入学式の一週間前からメイドとして仕えている。
最初は……。
『おい、メイド。さっさと飯を用意しろよ』
強面に比例して言動も荒い方だと思っていた。実際そういう行動が目立った。
しかし、入学式前日になって人が変わられたように、
『文句か。文句なら……雲雀、お前のそのなんでもすぐに自分の責任にして謝る癖をやめろ。別に今日が俺1人でもなんとも思わない。それに学園に通うことになれば1人だ。他の生徒より早くそうなったと思えばいい』
私のことを気遣ってくださって。
『確かに雲雀はいっつも真顔で何考えてるか分かりにくい』
『でも、口で楽しいって感想言ってくれるならそれでいいじゃん』
『ぐだぐだと話してしまったが要するに……雲雀のことは俺が理解してる。俺のことは雲雀が理解している。だから……理解者同士お互い遠慮なし、我慢なしの関係でいようぜ!』
私のことを理解しようと、受け止めようとしてくれて。
『送迎いつもありがとな!』
『ご馳走様でした。ふぅ、今日も美味かったぁ』
『ありがとう。悪いな、持ってきてもらって』
当たり前のことに、たくさん感謝してくれて。
『いいや? 雲雀が素直になってきてくれて嬉しいよ、俺は。今度は遊園地やショッピングモール以上に、もっと楽しいところに行こうな』
『今回は雲雀とプールには入れなかったけど……またプールにはこような』
私と一緒にどこか出かけようとしてくれて。
『美人で身体もすごく綺麗だし……そんな雲雀に、俺みたいな男はこれ以上されてしまうと、心臓が持たないのですよ……』
私に本気で照れてくれる。
この方は本当に変わった人だ。
だって私は、今までそんなことしてもらったことはない。
いつも真顔で。
変わろうとする努力さえも途中で諦め我慢することを選んで。
姉しか、頼れる人がいなくて。
そんな私でも、ちゃんと見てくれる。
「こんな私にも優しくしてくれるのですから」
「こんな、じゃねぇよ」
「え?」
すぐに即答されたので驚く。
雄二様は真っ直ぐな瞳で、
「雲雀だから優しくするんだよ」
「………」
ああ、本当にこの方は……。
その言葉には特別な意味は含まれていないのだろう。いつもの優しさの一部に過ぎない。
けれど私は、それだけで。
「雄二様。一年って365日あるんですよ」
「なにその、白って200色あるねん、みたいな言い方!?」
「一年はまだまだ長いです。ましてや雄二様の夏休みもまだまだありますよね」
「そりゃまあ……」
「なら……大丈夫ですね」
「えっ」
雄二様が自然と言ったように、私の次の言葉も自然と、
「雄二様。私に対してそんなに気を使わなくとも……貴方の隣なら私はいつでも一緒にいたいですから」
「………」
雄二様が驚いた表情をしている。
自分らしくない発言。
でも嘘ではないのだから、言ってもいいですよね。
貴方が言うように。
「では、楽しんでください」
「え、お、おう。気をつけて帰ってな!」
雄二様に背を向けて歩き出せば、ほっと一息。
頬を触れば、かき氷を食べて冷たかったのに、ほんのりと熱くなっていた。
「………こんなに簡単に顔に出ては困るのですが。ふふ」
「ねぇ。今すれ違った人すっごい美人だったねー」
「ねー。笑った顔も素敵〜〜!」
◆
『雄二様。私に対してそんなに気を使わなくとも……。貴方の隣なら私はいつでも一緒にいたいですから』
雲雀のあれは……多分気遣いなのだろう。自分のことを気遣わずに、俺のことを優先してくれって意味の……。
でも、それ以外にも何かある気がする。
もちろん雲雀とは遊びに行きたいし、お世話にとなっているし……計画を立てねばな。
「さて、俺も遊びますか」
今日は結斗たちと思いっきり遊ぶと決めている。だから遊ぶ!!
プールエリアで見渡すも、人が多過ぎて結斗もまひろもりいなも、田嶋も見当たらない。
「誰かいる可能性があるとすれば、やはりウォータースライダーか」
俺はプール内で一番目立つ、巨大なウォータースライダに目をつけた。
「よし、行くか———ぶへっ!?」
「ははっ、当たった〜」
突然、顔面に水をかけられた。
見ると、水鉄砲を持ったりいなが笑っていた。
「水着届いたんだね。良かったじゃん」
「鼻に入ったっ、ごほっ、ごほっ……えっ、りいなさん……? なんでここにいるんだ?」
水をかけられたことよりも、りいなが1人でいたことに驚く。
「結斗は?」
りいなが結斗を置いてきぼりにして俺に会いにくるはずがない。
「ゆいくんは今はお姉ちゃんと一緒。時間決めて共有することにしたの」
「なるほど」
さすが結斗大好き美人姉妹。自然と結斗と2人っきりになれるよう仕組んでいるな。
「だから笠島。私の暇つぶしに付き合ってよ」
「ええ……」
振り回される予感しかしない……。
てか田嶋はどこ行ってるんだよ。
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