第66話 「舌先は甘い蜜の味」
「えっ、なんで雲雀がここに!?」
雲雀がいることを確認した後、再度俺は驚く。
だって雲雀は、自宅マンションにいるはずじゃ……。
そんな俺に雲雀は持っていた手提げバッグを突き出し、
「忘れ物を届けにきました」
「忘れ物……ってまさか!?」
雲雀からバッグを受け取り、中を見ると……そこには雲雀が選んでくれたサメ柄のハーフパンツ。俺の水着が入っていた。あと飲み物やタオル。何故かサングラスも……。
「ひ、雲雀〜〜!!」
きゅ、救世主! 救世主が現れた! これで俺はサイズが合った水着を着て、結斗とみんなと遊べる!!
「あ、ありがとう雲雀! いえ、雲雀様ありがとうございます!!」
「間に合ったようで良かったです。それと、
と言い、雲雀は店員さんの方に目を向ける。店員さんは苦笑しており、
「こちらも、不審者を生み出さないで良かったです。ではごゆっくりお過ごしください」
「えっ、店員さん。内心は俺のこと。不審者一歩手前の奴と思ってたんですか!?」
一緒に深刻な顔で悩んでくれていると思ったら、もしかして目の前で不審者が誕生するかもしれないことへの反応だった!? でも俺も俺で小学生用の水着をガチで着ようか迷っていたけど……。
俺と雲雀はとりあえず店を出て。
「直前まで荷物を出し入れしているから忘れたのではないでしょうか。確認するのはいいと思いますが、やりすぎは禁物かと」
「はい……」
何も言い返すことはできず、素直に頷く。
でも雲雀が来てくれて本当に助かった。よくよく考えてみれば、雲雀に連絡して持ってきてもらうという手もあったわけで……いや。そのために来てもらうのはさすがに悪いな。
「では私はこれで失礼します」
「えっ、もう帰るのか!?」
「はい。用事は終わりましたので」
雲雀の方から届けに来てくれたものの、結局水着を届けるためにわざわざ来てもらって帰らせるという状況になってしまった。
しかも雲雀の格好を見ると、夏服のメイド服ではなく……パーカーにショートパンツ姿。髪型はポニーテールにしている。水着ではないものの、プールの客としてはおかしくない格好だ。
水着を届けてくれただけではなくメイド服からわざわざ着替えて……。
「………」
「雄二様?」
ここで雲雀を帰らせるのは申し訳ない! なにか、何かないのか!!
『ばっかやろう! 気まずくならないようにするのが笠島の役目だろが!!』
『大体、メイドさんは今頃1人だろう? 笠島お前……メイドさんを1人にして申し訳ないと思わないのか!』
『メイドさんだって夏は、プールや海、その他イベントに行ってリフレッシュしたいはずだ! それなのにお前が誘わないと……』
ふと、田嶋に言われたことを思い出す。最終的には雲雀の水着を拝むことが目的だったものの……言ってたことは腑に落ちる部分がある。
雲雀だって夏は遊びたいんだ。そして今いるのは夏の醍醐味といっていい、プール。
「雲雀。その……えっと……」
いつもなら気軽に誘えるというのに……今はなんだか、しどろもどろになってしまう。
それも、田嶋に改めて自覚されられたことや雲雀の格好がいつものメイド服ではない、ラフな格好だからかもしれない。あとポニーテールで、なんか妙に色っぽいし……。
でも誘うんだ、今!!
「そのさ、もし良かったら雲雀も——」
「お気遣いならいりませんよ。今日は私など入れず、学生の皆さんだけで楽しんでください」
「え、あ……はい」
雲雀なりの気遣いなのだろう。
誘いを気遣いで返されては、これ以上無理に誘うのもなぁ……。かといって、このまま雲雀に帰ってもらうのも申し訳ないし……。
「あっ、そうだ!」
「?」
俺は思いついたのだった。
◆
「はい、じゃあ何か食べたいものを選んでください!!」
俺は雲雀を、食べ物の売店が並ぶエリアに連れ出していた。
ちなみに、ちゃんと水着には着替えた。サイズがピッタリなことがこれほどまで嬉しいとは……。
遊園地に併設してあるプールとあって売店の数が多く、焼きそば、フランクフルト、ポテトフライ、アイス………食べ物の種類も豊富だ。
「何故ここに?」
「夏っていえばプールもだが、売店で食べ物を買って食べるのも1つの醍醐味だろ? プールに入らないならせめてこっちを楽しんでもらおうと思って」
売店の食べ物って割と高めの値段設定だなって思うけど。それでも1人じゃない、誰かと一緒だとついつい買っちゃうんだよな〜。
「食べ物ですか」
「そんな気分でもなかった? それとも今はお腹は空いてない?」
雲雀の意見を聞く前に少々強引に連れてきてしまったからな。
雲雀の顔を伺っていると、
「いえ。雄二様のご厚意、ありがたく受け取ります」
「そっか! なら良かった。遠慮せずに食べたい物を選んでくれ!」
雲雀は何を食べようか、考えるように売店を見渡し……。
「かき氷ですかね。暑いので」
「よし、じゃあかき氷を食べよう!」
それぞれかき氷を注文し、俺は先に席を取りに向かった。雲雀にはかき氷を2人分持ってきてもらうことになるが、1人で席取りしている時にナンパでも遭ったらそっちの方が面倒だろう。
休憩でテーブルなどを使う客は多かったが、まだ昼前なので席は無事、確保できた。
「雄二様、お待たせしました」
かき氷を2人分持ってきた雲雀。
俺はぶどう&ブルーベリーのシロップがかかった、紫色のかき氷の方を受け取る。
「ありがとう。悪いな、持ってきてもらって」
「雄二様は私がかき氷ごときに腕力負けすると思っているのですか?」
「思ってないよ!? でも軽くたって2人分持ってきてくれたんだし、お礼は言うだろ」
「そうでしょうか?」
「そこは個人の差があるから俺はそういう奴だと思ってくれー」
深く話題でもないのでさらっと流し、俺は食べやすいようにするため、かき氷の山をスプーンで少し崩す。
「そうですね。まずは食べましょうか」
雲雀も同じく、スプーンで少し崩す。
「んじゃ、いただきま……す、の前に! なに、そのカラフルなやつ!」
見ないようにしていたが、やはりツッコんでしまった。
「かき氷ですけど」
「知ってるわ!? 色だよ、色!?」
雲雀のかき氷は、まるで百均とかで見る、カラフルアフロみたいな色合いになっていた。
注文する時、めちゃくちゃシロップの味追加すると思ったけどさ。
「いちご、マンゴー、メロン、桃、ぶどう&ブルーベリー、パイナップル味です」
「結構な種類のシロップがかかってるんだな。まあ自由でいいけどさ」
「はい、自由に選んでみました」
「マジで自由って感じでいいと思う」
ツッコミも落ち着き、俺と雲雀はかき氷をまずは一口食べた。
最初に感じたのは冷たさ。次に俺が選んだぶどう&ブルーベリーの味がきた。氷と一緒なのでくどくないけど、濃い味わい。シロップは普通の液体状ではなく、ちょっとジャム状で、それが濃い味を出しているのだろう。
氷もザクザクの荒削りのものではなく、ふわふわの舌触りのいいやつ。
うん、これは美味いやつ。
「このかき氷、美味いなぁー」
「いいかき氷ですね」
「だな」
値段が普通の300円のと比べてちょっと高めだったけど、これは多く払う価値あるわー。
ついつい無言でかき氷を食べ進めてしまう。
と……俺は雲雀に声を掛けてみた。
「雲雀。舌をべーって出してみて。べーっ、て」
「? べー……」
俺の指示に従い、雲雀はちょっとだけ舌を出した。イチゴのシロップがかかった部分を食べたのか、舌は赤くなっていた。
「ははっ、舌が赤くなってるぞ〜」
「面白いですか?」
「そんなに面白くないけども!!」
かき氷を食べてシロップの色が舌に付くのも、夏の思い出のひとつにならない!?
「すいません。面白い反応できなくて」
「いや、面白い反応は要求してないけどさ。俺の舌も色、変わってるか?」
俺もべっ、とちょっとだけ舌を出す。
「うっすら紫って感じですね」
「そうか」
「………」
「………」
だからってこれ以上は特になにもないけどさ!!
「では私からも1つ」
「お? なになに?」
「市販のかき氷のシロップは実は、香料と着色料以外同じだそうですよ。つまり、シロップ自体は全部同じ味です」
「えっ、そうなの!?」
思わず自分のかき氷を見つめる。
多分、これは市販のやつじゃない気がするけど。
「色とそのフルーツの匂いと甘い味がすれば、元は同じ味であっても舌はそのフルーツの味と認識するそうです」
「へぇー」
ということは、どの味にするのか悩むのは無駄な時間——んんっ。これは考えてはいけないことだ。考えないでおこう。シロップの味を選ぶのがかき氷の楽しみなのだから。
「でもこのかき氷のシロップは自家製なのでしょうね。ちゃんと果肉も入っていますし、目を瞑ってもそのフルーツの味がしっかりと分かります」
「だな。少しお高いだけはあるわ」
「ありますね」
そんな雑談を挟みながらも、再び食べ進める。
「………ん」
ふと、雲雀のかき氷を見る。最初はやけにカラフルだなーと思っていたが……今は、シロップがたくさんかかっている方が美味しそうだな、と思えてきて……。
「なぁ、雲雀。……一口貰っちゃダメ?」
「………」
俺がそう言うと、かき氷を食べていた雲雀の手が止まった。
「なんかさ、いろんな種類のシロップがたくさんかかっている方も美味しそうだなー、と思って」
「まさに隣の芝は青く見えるですね。……いいですよ」
「やったっ」
俺は前屈みになって、雲雀のかき氷をスプーンで取る。メロンとパイナップルのシロップのところを取ったかな。
「ん、うまい! 味がごちゃごちゃになると思ったが……これはこれでイケる!」
かき氷のカラフル化……今度俺もやってみよっ。
「俺のも食べるか? まあ雲雀のかき氷は味がいっぱいあるし、これ以上味がいらなってなら遠慮しても———」
「食べます」
「お、おう。そうか。雲雀も食べやすい量がいいから……」
「?」
俺はぶどう&ブルーベリー味のかき氷を自分のスプーンで取って、雲雀の前に差し出した。
「はい、あーん」
「………」
「雲雀?」
雲雀が何やら固まっている。やっぱりいらなかったのだろうか?
と思いきや、垂れた髪を耳にかけて……俺が差し出したかき氷をパクリ。
「……ん、冷たくて美味しいです。ぶどうとブルーベリーも濃い味で美味しいです」
「だろ」
また短い会話を終えて、かき氷を食べ進める。
食べ進めているが……かき氷も徐々に溶け出してきた。ちょっと液状になっても変わらず美味しいけど。
「かき氷って何気に溶けるの早いよな」
「そうですね」
ここで少しシロップを飲もうとした時だった。
「んあ!? 冷たっ! キーンときたっ。頭にキーンときたわっ」
一応、気をつけていたんだけど、まさかここでくるとは……。
「………」
「いてて……お? 雲雀、今笑った?」
「気のせいだと思います」
「……そうか」
頭がキーン、となって少し俯いていたものの……雲雀の顔が少しだけ見えた時、微かにだが笑っていた気がしたが……。
「てか、雲雀は頭痛くならないのか?」
「痛くなりますよ。今もちょっとキーンときてます」
「痛いんかい。全然分からなかったわ」
「私は基本、真顔ですからね」
「でもたまに読み取れるけどな。今回はダメだったわ。騙された」
「騙されたってなんですか。それと……付いてますよ」
「ん?」
雲雀が自分の鼻を指で触り、何かジェスチャーをしている。俺は鼻を触ると、冷たいものに触れた。
鼻につかないように気をつけて飲んだつもりだったんだけどな。
「ん? ……まさか俺の鼻についていたから笑ったのか?」
「さあ、どうでしょう」
「絶対そうだ! 真顔でも読み取れるぞ!!」
「早く食べてください」
「くっ、絶対そうだ……っつ! ああ!? またキーンときたっ」
「…………」
そんなこんなで俺と雲雀はかき氷を食べ終えたのだった。
「ふぅー。暑かったのが一気に涼しくなったなぁー」
「そうですね」
「舌は涼しいってより、めっちゃ冷たいけど」
かき氷という氷の塊を完食すれば、さすがに冷たくなる。特に舌先が冷たい。
でも微かに残る甘い蜜の味。
そんな甘さを感じながらぼんやりと、人で賑わうプールの方を見て……。
「今回は雲雀とプールには入れなかったけど……またプールにはこような」
「はい」
雲雀の口角が少し上がった。
あー、なんだか久しぶり少しだけ笑う雲雀の姿を見た。でも前よりも自然な笑みというか……まあそんな深く考えなくてもいいか。
また雲雀の笑みは見れそうだ。
舌先の甘さからか、そんなことをぼんやりと思ったのだから。
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