第54話 悪役が悪役を生み出した……ハッ!!!

「はぁ……」


 誰かがトイレに入ってきた。"次こそ"、あのイケメンのはず……。


「まひろさん、彼氏ができたのか……」


 この落ち着いたボイス、この発言……間違いなく先ほどのイケメン、西園寺蓮斗。


「……やっときたかぁ」


 待ちくたびれたぜ……。


 個室トイレは3つあって、その一つにずっと座り込んでいた。

 途中、「漏れる、漏れる……!!」と慌てて入ってきたおじさんが、3つの個室トイレのドアを物凄い勢いでドンドンしていたが……大丈夫だっただろうか? しばらくして静かになったし、間に合ったことを祈ろう。


「ダメだ。諦めきれない……」


 ほう、諦めきれないのか……。諦めきれないから、あんな強行手段に……。


「まひろさんや結斗の迷惑になると分かるのに……それでも、諦めきれない……。澄乃まひろさん。俺が、俺が初めて好きになった人なんだっ」


 ………ん? ん〜〜? ………なんか、思ってたのと違う。もっとこう、「彼氏がいても寝取ればいい……クックック……」とか、そっち系のゲスい考えをするかと思ったんだが……。


「くそっ!」


 おっ、くるか……?


「俺は最低な男だっ。好きな人の幸せこそが俺が選ばないといけない選択なのに……話せば話すほど、彼女を好きになってしまうっ」

 

 こんな奴だったか……? 

 ゲームを思い出せっ。こいつは、悪役だったはず……。今聞いている限りではいい奴そうなのに、なんであんな悪役に変わって……。


 ……ん? あんな悪役に変わって? 

 

 変えたのは……

 

『よお、イケメン。なに悩んでるんだよ』


『好きな子に彼氏がいるぅ? 諦めきれない? ハッハッハッ。なんだ、そんなことで悩んでいるのかっ。んなの、簡単に解決するじゃねーか。その好きな子を———奪えばいいんだよ』


 笠島雄二が悪役にしたんじゃん!! 

 まひろを好きなことを利用して、結斗から美人姉妹を奪おうとしてたじゃん!!


「ああ……そろそろ戻らないと、待っている2人に申し訳ない……。ふぅ、戻るか」


 パタンと扉が閉じる音がしてから数秒後。俺はゆっくりと個室トイレを出る。手を念入りに洗って、トイレを出た。


 笠島雄二が西園寺蓮斗を悪役に……悪役が悪役を生み出した……。


 その笠島雄二という悪役は、今は俺。俺は絶対にゲスいことを教え込んで、西園寺を悪役にしたりしない。


 と、なると……


「ん、おかえり。カッコよく行った割に、随分と長くトイレに居座っていたのね。それでどうだった?」

「………」

「え、なにその深刻な顔。そんなやばいクソ野郎だっだの?」

「いや……」


 むしろ、禁断の恋に葛藤する主人公っぽい感じだった。


「ま、まあ……まだ様子見だ……」

「ふーん」


 りいなが怪しい、という瞳で見てくる。


 そうだよ、様子見……これから悪役化する可能性だってあるのだから。


「また1人で解決しようだなんて思わないでね」

「え?」


 顔を上げれば、やけに真剣な目をしたりいなが俺を見つめていた。


「今回はお姉ちゃんとゆいくん……私の大切な人が関わっているんだから、私も協力する」

「え、あ………」

「笠島ばっかりに頼ってられないから」

 

 そんな真剣な表情で言われても……困る! すごく困る!!






「………こりゃ、手強いわ」

「笠島くんもそう思うかい?」

「えっ、あ、ああ……」


 独り言として言ったつもりが、まひろには聞き取られていた。


 ファミレスを出て、商店街をぶらぶら歩いている俺たち。西園寺を諦めさせるにはまだ時間がかかりそうだ。


「蓮斗くん、いい人そうだったんだけどなぁ……」

「ゆいくんは純粋だがらすぐ信じちゃうけど、ああいう優しい人ほど、のちにヤバくなるんだよ」

「そうなの? うーん……難しいなぁ」

 

 ほんと、難しいよなぁ……。


 寝取りとか、やばいことを考えているのを無関係の俺が間に入って阻止することは、人助けになる。

 しかし、自分自身で葛藤している中、無関係の俺が間に入って阻止するのは……ただの邪魔者。

 

 恋を抱くこと"だけ"なら、別に罪じゃないし……今の状態の西園寺には、俺は関与しない方がいい。

 結斗を偽装彼氏にしたのはいい判断だと思うが、結局のところ、まひろさんがどうにかしないと……。

 

「雄二様。そんなに眉間のシワを寄せていると元々怖いお顔がますます怖くなりますよ」

「うるせい、雲雀。どうせ何しても基本、怖いんだからいいんですー」

「開き直ってどうするのですか」

「開き直るしかねぇだろ。 ………ん? どわぁぁ!? 雲雀!? な、なんでいるんだ!」

「今気づいたのですか」


 自然と会話してしまったが、俺の後ろには何故か雲雀が付いてきていた。


「私もたまたまこちらに来ていたので」

「たまたま商店街に……そりゃ偶然だなぁ」

「雲雀さんこんにちは!」

「ああ、笠島くんのメイドさん。勉強会では場所を提供してくださりありがとうございました」

「こ、こんにちは。外出する時もメイド服を着ているんですね」

「雄二様のメイドですから」

「笠島、アンタにそんな趣味が……」

「ちげぇよ! 俺は、外出する時くらいは私服でいいんじゃないって言ってるよ!」


 それでも雲雀はメイド服を着るんだから、俺の趣味とかじゃ………美人メイドってめっちゃいいと思ってますけど。


「皆様」


 雲雀が歩く足を止め、俺たちに呼びかけた。


「せっかくですので、ご自宅までお送りいたしますよ」

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