第17話 悪役はメイドを理解している

 私は、感情をうまく表せない。

 

 嬉しいも悲しいも楽しいも……全部真顔だから、


『雲雀さんっていつも真顔だよねぇ』

『声のトーンもさ、いつも一定で……』

『いくら美人で優秀でも、反応ないとなんか……つまんないよねぇ』


 子供の頃から気味悪がられ、理解されなくて、孤立していた。


 そんな状況に対して、私は「自分はこういう人間だから仕方ない」と開き直ることを選んだ。我慢するしかなかった。


 大学卒業後。

 真顔で淡々と仕事をこなせるメイドという職業に就いた。

 

 そして仕える方は、


『おい、メイド。さっさと飯を用意しろよ』


 私を道具としてしか見ていないような青年だった。




「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「………」


 右へ左へ、そして一回転……さまざまな方向に高速で動く。

 俺と雲雀は、ジェットコースターに乗っている真っ最中だ。薄らと目を開けて隣の雲雀を見るも相変わらずの真顔だった。

 

 と、ジェットコースターがまた加速して……


「ひぎゃぁぁぁぁぁぁーーー!!」


 俺の方は全然平気ではなかった。最初から叫びっぱなし。景色なんて楽しむ余裕もなく、ひたすら終わるのを待った。


「はぁ、はぁ……ど、どうだ雲雀……面白いかぁ……うぷっ……」

「雄二様は一旦お休みしましょう。飲み物を買ってきます」

「あ、ありがとう、ございます……」


 乗り物酔いをしてしまった俺は、楽しんでもらう側の雲雀に気を使わせてしまっていた。

 

 ダサいわ俺……でも乗り物酔いしちゃうんだよ……。


「雄二様、お茶です」

「ありがとう……んぐんぐ……はぁ。少しラクになったわ……」

「ジェットコースターは苦手だったのですか?」

「ぐるぐる、激しい動きをする系がダメなんだろうなぁ……酔っちゃうから」

「苦手なのにわざわざ乗ったのですか?」

「だって雲雀は遊園地初めてなんだろう? 色んなアトラクションに乗って好きなやつを見つけないと。俺のことは気にせず、自分の楽しいものを見つけろ」

「……お気遣いありがとうございます。ですが、次はもう少し乗りやすいアトラクションにしましょう」

「はい……」


 やはりしっかり者の雲雀にリードしてもらってしまった。外見は笠島雄二でも中身は彼女いない歴=年齢の童貞青年なので、俺に美人をエスコートなど早かったのかもしれない。が、雲雀からのお願い……必ず今日がいい日だったと言わせてやる!


 お茶を半分くらい飲み終えたところで、やっと頭がスッキリし始めた。


「雲雀、俺は回復した。次のアトラクションでは絶対楽しませるからな!」

「ジェットコースターは楽しかったですよ。凄く迫力がありました。ところで、雄二様」

「ん?」

「お隣失礼します」

「あ、はい……」


 今まで正面に立っていた雲雀が控えめに俺の隣に座ってきた。そりゃ雲雀も休憩したいよな……。


「雄二様は私といて楽しいでしょうか?」

「それはこちらの台詞ではないでしょうか?」


 急になにを言い出してきたかと思えば、一緒にいて楽しいか、発言。乗り物酔いで情けない姿を見せている俺への当てつけなの?


「雄二様は私を楽しませようとしてくれています。でも私は………私は真顔です」

「まあそうだな」


 雲雀の真顔以外の表情は見たことがない。


「でも真顔はしょうがなくない? だって雲雀は感情を表すの苦手なタイプだろ?」

「っ、そうですが……そんなにハッキリ言われるとなんだが腹が立ちます」

「なんで!? てか、誰だって欠点はあるわ! むしろない奴なんて変人か変態だろ」


 そう言うも、雲雀は納得いかないという感じ。

 おそらく、俺が楽しませようとしているのに、いくら楽しくても結局顔に感情が出ないから申し訳ないとでも思っているのだろう。


 俺は一息つき、落ち着いた口調で言った。


「確かに雲雀はいっつも真顔で何考えてるか分かりにくい」

「そうですよね。申し訳——」

「でも、口で楽しいって感想言ってくれるならそれでいいじゃん」


 雲雀の目が驚いたように見開かれた。

 俺は続けて話す。


「つか、俺も見た目で色々苦労している同士だぞ。朝のカフェでもほら、顔面怖いってだけで雲雀のこと、金で雇っている奴って陰で言われてたし」


 初対面からの印象はこれからも変わらないだろう。それが悪いとは言わない。人は見た目である程度決めつけてしまうものだから。


「だからこそ、あの時。雲雀が俺といて楽しいって言ってくれたのがすげぇ嬉しかった」


『私は雄二様といて楽しいです』


 いつも通りの真顔でも、一緒に過ごしてきた雲雀の口から言ってくれたことが何よりも嬉しかった。

 お世辞ではなく、本心で思ってくれている。ノリは良くても嘘は言わないと接していて感じるから。


「俺の顔が怖いままでも、他の人が勝手に決めつけた悪い噂が流れたとしても、雲雀は俺のことそんな奴じゃないって思ってくれて一緒にいてくれるだろ? それと同じで俺も雲雀が真顔でそっけない態度を取ったとしても、雲雀はいい奴って分かっているから一緒にいる」


 こほんっと一旦咳をつき、


「ぐだぐだと話してしまったが要するに……雲雀のことは俺が理解してる。俺のことは雲雀が理解している。だから……理解者同士お互い遠慮なし、我慢なしの関係でいようぜ!」


 最後はゴリ押し。なんとか話を纏めて笑いかけてみると、


「………。はい、そうですね」


 ——あ、笑った。


 満面とは言えないが、微かに笑った。

 なんか……感動……。

 

「雄二様は本当にお変わりになりましたね」

「えっ!? あ、えー? そうかなー?」

「少し前までは私のことを道具としか見ていませんでした」

「………気のせいじゃない?」


 まさかの質問にとぼけるので手一杯になる。

 すっかり笠島雄二を演じることを忘れていたわ。中身違うとかバレてないよね……? 変な汗かいてきたし……。

  

「なんか、腹痛くなってきた……。すまん雲雀。ちょっとトイレ行ってくる」

「せっかくいい話でしたのに」

「色々ぶっ壊してごめんな!!」


 お腹もいい雰囲気もぶっ壊して俺はトイレに駆け込んだ。





 1人ベンチに残った雲雀。雄二とお揃いで買ったキーホルダーに触れて、呟く。


「今の雄二様は私のことをちゃんと理解してくれている……お優しい方ですね」





「ふいー。スッキリしたぁ……」


 出すモノを出したら腹の痛みがすっかり治った。いい雰囲気を犠牲にして。


「切り替えろ俺……もう情けないところを見せないぞ」


 次はお化け屋敷でも行くか、などと考えながら足早と雲雀の元へ戻ろうとした時だった。

 

「えっ、笠島雄二……なんで……」


 微かに聞こえた自分の名前に、反射的に声がした方を見てしまった。


 視線の先には、俺が近寄りたくなかった美人姉妹のもう一人。妹のりいなが驚いたように俺を見つめていて……


「…………」


 一方俺は、ジェットコースターに乗っていたとき以上の悲鳴をあげそうになった。





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