第6話 悪役。メイドの表情を崩したい
「じゃあみんな気をつけて帰れよー」
入学式とあって午前中で終わり。
1時限だけあった授業は自己紹介だけで時間が終わった。
先生が教室からいなくなるとほとんどの生徒は、まひろやりいなの美人姉妹のところへ行って仲を深めようと必死に話しかけている様子。
「みんなちゅーもーく! クラスみんなで仲を深めるために親睦会でもしなーい?」
陽キャのような男子が声を上げた。
クラスに一瞬、静寂が訪れたが次には、
「いいねぇ!!」
「みんなと早く仲良くなれるし!」
賛成の声が多数上がった。
見たところ程よく仲間意識が強いクラスにはなりそうだ。……俺を省いて。
「ねぇ、あの人どうする? 誘う?」
「……ほっとけよ。来たところで場の空気が悪くなるだけだ」
「でも実はそんなに悪いやつじゃないってことも……」
目を瞑っていても視線が飛んでくるのが分かる。
笠島雄二は、見た目が悪くて良い噂も聞かない。
嫌な目で見るのは分かるし、関わりたくない気持ちも分かる。人を見た目で判断しはいけないと心の底で思いながらも、やっぱり第一印象という決めつけが頭に濃く残る。
だからイメージを変えていくなら悪役の俺から動かなければいけない。愛想よく声を掛けたり、実は悪いやつじゃないと思わせるきっかけを作ったり……。
しかし、少なくとも今日は好感度上げは無理だ。無理に関わらない方がいい。
「……帰ろっ」
即退室は感じも悪い気もしたが……心配ないようだ。
俺がボソッとつぶやくと視線を送っていたクラスメイトはどこかほっとしたようだった。
でもまあ、親睦会っていっても、おそらく美人姉妹と仲を深めることが目的な人が多いのだろう。
雄二が教室を出た後。
佐伯結斗は寂しそうな目で教室のドアを見ていた。
「結斗どうかしたか?」
「ゆいくん?」
「え、いや……なんでもないよ! それよりまひろちゃんとりいなちゃんは親睦会には行くの?」
「行かないわよ」
「行かなーい。だってぇ、親睦会なんかより、ゆいくんと2人っきりの親睦会したいもーん♪」
「おや、りいな。私を除け者にするつもりじゃないよね?」
「どうだろう〜?」
バチバチと目を合わせて結斗の取り合いをしている間、姉妹が不参加なことを聞いたクラスは、
「えええぇぇぇ〜〜〜!? 澄乃さんたち来てくれないのおぉぉ!?」
教室内の空気がざわつく。クラスのテンションが一気に下がったことがあからさまに分かる。
「それじゃあ私たち帰るね」
「またね、みんな〜♪」
「えっ、僕、親睦会行きた……2人とも引っ張らないでよ〜〜!」
姉妹と結斗がいなくなった教室は先ほどより静かになる。
「……親睦会は各々にするか」
「そうだな……」
雄二も思っていた通り、姉妹狙いの人が多かったようで結局、親睦会はやらないことになったのであった。
◆
「今日は友達どころかなんも成し遂げてないなぁー」
まだ1日目だし、良しとするかぁ。
しかし、雄二の悪役顔と良くない噂は思った以上に厄介だな。美人姉妹には関わらないとして、せめて普通の学園生活を送りたい。前世の学園生活はそれなりに楽しかったなぁ。みんな今はどうしてるんだろー。
「雄二様」
「え?」
前世の高校時代を思い出し、余韻に浸っているとメイドの雲雀が入り口で待っていた。
「お迎えにあがりました」
「あ、そう。ありがとう。ちなみにずっと待ってた?」
「いえ。今到着しました」
俺の出てくる時間を予測していただと!? なんと優秀なメイドだ。
「学園では楽しくできそうでしょうか」
「こんな早くに教室を出て1人でいるってことを察してくれ」
「失礼致しました」
ぼっちな主人様にそれ以上何も聞かないでくれる優しさ、沁みる……。
雲雀は美人で料理も美味いし、家事もできるし、基本なんでもできるメイドなのだろう。
しかし……表情が固い。
昨日からの付き合いとはいえ、まだ真顔しか見たことがない。
ちょっとでもいいから真顔以外の表情も見たい。
今は敷地にはほとんど人はいないし……今やってみるのもいいな。
高校時代、ドMな男友達が考案した最初はフレンドリーに入り、最後には絶対女子に嫌な顔をされるアレを。
「雲雀」
「はい」
「すぐに終わる。今から俺が言うことに従ってくれ」
「了解致しました」
「まず、お手」
「なにかと思えば……。はい」
俺が差し出した手の平に雲雀が丸めた手をポンと乗せる。可愛い。真顔だけど。
「おかわり」
「はい」
もう一度手を乗せる雲雀。可愛い。写真証明ばりの真顔だけど。
さて、次が問題だ。
「ちんちん」
【ちんちん】
犬のしつけに使われる。
前肢を胸の前に上げて、体を垂直に立てる動作。
そんな下品なことを女性がするはずがない。
前世でも男友達がクラスの女子に一連のことをやらせていたが、最後のちんちんで数え切れない女子の顔が一瞬固まり、ゴミを見るような表情になったか……。
「………」
おっ、雲雀が固まった。
さすがにこれはやらずにゴミを見る目に——
「………すぅ」
お? なんだ? 深呼吸して手で輪っかを作って口の前に……
「んぷっ、ちゅぱっ、れるッ、ぬぷぷぷぷ!!!」
「………」
やめて! 真顔で生々しい音出さないで!!
「雄二様満足でしょうか」
「なあ、最後わざとやってなかった!?」
あの謎の間は俺をからかってやろうって考えてたんじゃないのか!!
「もうよろしいでしょうか? これ以上の過激なプレイはその……人前では恥ずかしいです……ぽっ」
「真顔でぽっ、じゃねえよ! 大体過激なプレイなんてしてないわ!!」
「そうですか。それは失礼しました」
雲雀は何事も無かったようにリムジンのドアを開ける。
結局、雲雀の表情を変えることはできなかったが……分かったことはある。
「雲雀はノリがいいんだな……」
「いえ。私は明太子派ですが」
「ご飯のお供の話じゃない!」
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