第14話 十日目

 俺はもはや彼のことしか考えられなくなっていた。お菓子のストックは山ほどあって、キッチンのシンクの下だけじゃなくて、リビングの棚にも入っていた。買いに行くのが面倒だから、俺は別の場所に隠していた。毎日三千円の出費だったし、どう考えても食い過ぎだった。


 少年はいつも10時くらいにやって来る。そして、彼はキッチンのお菓子を見つけて食べて、いつものようにソファーに向かって移動した。そこに立ってキョロキョロしてたかと思うと、彼はリビングボードの棚を調べ始めた。どうしてわかったんだろう。俺は驚いた。窓から見てたんだろうか。そう言えば、俺はカーテンを閉めるのをやめた。彼にちょっかいを出してほしい、かまってほしいと思っていたからだ。彼は家にあるすべてのお菓子を見つけて、リビングで食べ始めた。行儀悪く、ボロボロこぼすので、俺はイライラしたが、それでも男の子といいことをしたいという気持ちが強いので黙っていた。


 そして、またゴロンとソファーに横になった。俺もベッドで横になる。こっちに連れて来ようかな。ソファーは狭い。


 俺は少年が寝たのを見計らって、お姫様抱っこをしてベッドに連れて行った。ダブルベッドでも、2人で寝るにはやっぱり狭かった。誰が見ているわけでもないのだが、誰かに見とがめられたら、ソファーよりベッドの方が寝心地がいいからと言い訳するつもりだった。自分自身に対してもそう言い聞かせた。

 

 俺のベッドで寝ている彼は、誘拐されて来たプリンスのようだった。もう彼は俺の手の内にあった。彼がここにいることは誰も知らない。俺は興奮して全身が充血しているような感覚を覚えていた。ああ・・・。たまらない。彼が欲しい。


 俺は自分が恐ろしくなって、その場から離れた。俺はソファーで本を読んでいたらいいんだ。彼はソファーよりベッドの方がよくなって、毎回、自らそちらにいくだろう。


 彼が帰ったら、今日もまたお菓子を買いに行こう。あ、そうだ・・・俺は毎日、同じスーパーにお菓子を買いに行っている。レジの人も俺のことを覚えているだろう。一人でお菓子を大量に買いに来る変な客として。


 そういえば、こんな事件があった。若い男が小学生の女の子を誘拐して部屋に監禁していた。男は女の子にあげるために、少女漫画を大量に買い込んでタクシーに乗った。そしたら、運転手さんがおかしいと気が付いて、警察に通報した。行方不明の女の子が見つかったそうだ。彼が行方不明者として、公開捜査されたら、俺もそんな風に不審者として警察に通報されるだろう。どうして、誰も探していないんだろうか?


 エリートサラリーマンの俺が、男子小学生の誘拐なんかで捕まるわけにはいかない。いいじゃないか・・・外から眺めているだけで。見てるだけなら罪にならない。俺は飢えている。もう40年も一番欲しい物を封印してきたんだから。


 俺は同級生の男の子に本気で欲情していた。彼が好きだった。でも、彼は違った。俺を怖がって、震えていた。俺は彼の気を惹きたくて、毎回、金を渡していた。俺が渡していたのは、俺の貯金や小遣いだった。それも精一杯の金だった。彼は金に困っていた。食うものもないほど貧しかった。給食費も払えないくらいだった。だから、毎回、家にある物を食わせて、俺が使い古したものをあげたりしていた。靴下とか、文房具とか、漫画とか。彼はそれを受け取っていた。


 彼は遺書に書いていた。俺が彼を苦しめていて、そのせいで死ぬと。

 俺にはわからない。なぜ、努力しても、得られないものがあるのか。

 愛しても報われないことがあるのかが。


 死んでから会いたい人がいるとしたら、彼にだけは会いたい。

 そして、好きだと伝えたい。

 彼に拒まれても、俺はなぜか理解できない、と言うだろう。


 俺は子どもに意識を戻す。

 彼はベッドルームから出て来なかった。

 全然トイレに行かない。

 そうだ。彼は全く水分を取っていない。

 大丈夫なんだろうか。


 その日、彼は俺の家に泊まった。

 俺は間違いを犯さないようにソファーで寝た。

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